2世、3世は当たり前? - 世襲議員だらけの日本の国会

bonbon_sekensirazu 父親の七光りで特別扱いされる人間は,有益な努力をしようとする正常な動機を失なってしまう。そのような人間は名家に偶然生れたという事実に不当な重要性を与える人生観を身につけがちであり,また,自分が存在するだけで周囲の尊敬を受ける資格があると考えがちである。自分は他の人間よりもかなり優れていると信じるがゆえに,逆に彼らよりずっと劣ることになる。

The man who is respected merely for being the son of his father loses one of the normal incentives to useful effort. He is likely to develop views of life which attach undue importance to the accident of birth and to think that by merely existing he does enough to command respect. He believes himself rather better than other men and therefore becomes rather worse. All distinctions not based upon intrinsic merit have this bad effect upon character and on this ground, if on no other, deserve to be abolished.
出典: On snobbery (written in Dec. 30, 1931 and pub. in Mortals and Others, v.1, 1975)
詳細情報:http://russell-j.com/SNOB.HTM

<寸言>
isihara-nobeteru_abe 世襲議員(2世,3世議員)や,政治的・経済的あるいは社会的に成功すると次は閨閥によって箔をつけたがる権力エリートたちによくみられる俗物根性。(家柄崇拝は俗物根性としばしば同居)。
日本でも家柄崇拝流行の兆し? 貧富の差の拡大が続く日本。
天皇「制」の意味合い, 人間を序列化する叙位叙勲制度(天皇が最高勲位,国民の大部分は無冠)・・・。
英国屈指の名門に生まれたラッセル「伯爵」ゆえに,より説得力を持つ(イギリス国王を筆頭とする)「家柄崇拝」批判。

社会的迫害 -悪事は摘発しないといけないが寛容の心も重要

dokush47 けれども,この害悪(注:社会的迫害マスコミによる特定の個人に対する集団リンチなど)に対する究極的な治療法は,唯一,一般大衆側の寛容さを増大させることであり,寛容さを増す最善の方法は,真の幸福を享受し,仲間の人間に苦痛を与えることを主な楽しみとしない個人の数を増やすことである。

The only ultimate cure for this evil (social persecution) is, however, an increase of toleration on the part of the public. The best way to increase toleration is to multiply the number of individuals who enjoy real happiness and do not therefore find their chief pleasure in the infliction of pain upon their fellow-men.
出典:The Conquest of Happiness, 1930, chap.9:Fear of public opinion
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA19-070.HTM

<寸言>
shudan-rinchi_miura-9dan マスコミが特定の個人やグループを魔女狩りのごとくたたくことができるのは一定の世論の支持があるからであり,マスコミもその心を汲み取り,正義の味方であるかのごとく,過剰な「◯◯たたき」にはげむ。売れている週刊誌であれば,訴えられて罰金を払うことになっても,売れ行きがのびることによる利益のほうが大きいのでビクともしない
不幸な人々がたくさんいるかぎりこういった現象はなかなかなくならない。結局,できるだけ差別や格差のない社会をつくっていく努力が重要ということになる。
しかし,現実は,経済成長の美名のもとに,格差を拡大させる諸政策が推進され・・・。

「不可知論者」は「罪」の概念を信じないので復讐的な刑罰を認めない

meniwameo-fukushyu-keibatu ・・・ しかし,不可知論者ラッセルもその一人)は,望ましくない行為を罰することは,(望ましくない行為の)防止または改善のためだけになされるべきであって,悪者が苦しむべきだということそれ自体が善いことだと考えて,罰せられるようなことがあってはならないと考える。人間に地獄を信じさせたのは,このような復讐的な刑罰を信じることによるのである。
… but he (= the agnostic) holds that the punishment of undesirable kinds is only to be commended when it is deterrent or reformatory, not when it is inflicted because it is thought a good thing on its own account that the wicked should suffer. It was this belief in vindictive punishment that made men accept Hell. This is part of the harm done by the notion of ‘sin’.
出典: What is an Agnostic? , Nov. 3, 1953]
詳細情報:http://russell-j.com/cool/agnostic_1953.html

<寸言>
agnostic_musinron 欧米で「不可知論者(an agnostic)」と言えば,神の存在は不可知だとする立場一神教の国ではおなじみの言葉でも多神教の日本などではピンとこない言葉のようである。
即ち、神がいると信じている人は「有神論者」。 神なんて存在しない、ありえないと強く主張する人は「無神論者」,神はいるかもしれないし、いないかもしれない、自分にはどちらも証明することは出来ないという立場を取る人は「不可知論者」ということになる。
ラッセルは理論上は「不可知論者」であるが,実質的には「無神論者」と言える。

「多様性や個性の尊重」 対 「画一化,悪平等化」

UNIFORMITY 第一級の名声を勝ちうるのは,オールラウンドの教育や幅広い興味によってではない。感情と知性の両面における,精神力の集中と目標の限定が必要である。すべての若者が同じ環境にあり,同一の基準を受けいれなければならない世界においては,このような条件は容易に起こらない。傑出した人物を生み出すには多様性が必要であり,画一的な教育は,平凡な大人を生みだす傾向がある。従って今後は,昔と違い,個人的名声を得ることはより稀なものになるだろう。

t is not by an all-round education or by catholicity of interests that first-rate eminence is achieved: it is achieved by concentration and a certain narrowness both emotional and intellectual. In a world where all young people have the same environment, and the same standards presented for their acceptance, this does not easily happen. Diversity is necessary to distinction, and uniformity in education tends to produce mediocrity in adult life. We must therefore expect that individual eminence will be rarer in the future than it has been in the past.
出典:The influence of fathers, June 1, 1932. In: Mortals and Others, v.1 (1975)
詳細情報:http://russell-j.com/FATHER.HTM

<寸言>
uniformity-many-same-people 先進国(北欧、英国など)においては、社会福祉の対象は「ゆりかごから墓場まで」というように人間生活全般に拡大しつつある。従来であれば親や家族(あるいは親類縁者)が担っていた役割のかなりの部分を社会(国や地方自治体)が果たすようになってきている。それにつれて親(特に父親)の影響力が相対的に大幅に低下していっている。そのこと自体は望ましい面が多く悪いことではないが、(引用した文章の前の方で)ラッセルが指摘するような画一化、悪平等化の危険もひそんでいる。多様性や個性を尊重しない社会は、たとえ社会福祉が充実していても生き甲斐のある社会とはならない。

権力者は多くの人間(国民)が受動的であることを好む-由らしむべし

yorasimubesi_shirasimubekarazu 過度の受動的な態度をさけることは,教育上の課題である。それには,子供の遊びにおいては手のこんだ用具を与えるべきではなく,特別な技能に対して決して過度にほめないようにする必要がある。勉強においては,講義によって与えられる知識ばかりに耳を傾けず,自分で能動的に調べて勉強することを勧めなければならない。不幸にして権力者は,自分にとって都合が良いため,(多くの人間が)受動的であることを好む。

To avoid too much passivity is an educational problem. It demands, in play, the absence of elaborate apparatus and no undue respect for exceptional skill; in work, encouragement of active investigation rather than mere listening to knowledge imparted by means of lectures. Unfortunately the authorities like passivity because it is convenient.
出典:Are we too passive? (written in Feb. 3, 1932 and published in Mortals and Others, v.1, 1975)
詳細情報:http://russell-j.com/PASSIVE.HTM

<寸言>
gca_xenophobia 権力者は受動的で情緒的な人間(被支配者)を好みます。
雄弁にすぐのりやすい選挙民・国民は政治家にとって御し易い対象です。
国民(選挙民)を持ち上げているように見えて,実は,「由らしむべし知らしむべからず」が基本の保守政治家

不都合な事実や真実は子供に知らせたくない親や為政者

sidehara_shougen-kaizan 真の美徳は,力強く,真実から目をそらさぬものであって,綺麗事だらけの空想ではない。我々は教職に就く者に様々な制限を設けてきたので,今日教職を仕事として選ぶ男女は,大分部,現実との接触を恐れる人々に限られてしまっている。我々がこのような政策をとる理由は,自分達大人には現実との接触が有益だったことが分っているのに,子供が現実と接触することが良いと思う勇気ある人が少ないからである。

rekisi_wo_shusei_abe-sinzoReal virtue is robust and in contact with facts, not with pretty-pretty fancies. We have chosen to hedge round the profession of teaching with such restrictions that, in the main, those who choose this profession are men and women who are afraid of reality, and we have done this because, while many of us recognise that contact with reality has been good for us, few of us have the courage to believe that it is good for our children. This is the fundamental reason why education, as it exists, is so unsatisfactory.
出典: Does education do harm? (written in Feb. 17, 1932 and pub. in Mortals and Others, v.1, 1975.)]
詳細情報:http://russell-j.com/EDU-HARM.HTM

<寸言>
abe_utsukushikunie02たとえば,教科書検定など本当に必要か? 特に,歴史教科書の検定は「国民」にとって必要だろうか? 必要であるとするならば,国際的な委員会を組織して「標準世界史」を作り,その記述内容を前提として,それぞれの国で(世界史成立以前の)「各国史」と(世界史成立以後の)地域史としての「各国史」を作ればよいのではないか。

教員を萎縮させる制度や教員評価((例:「政府や政権/与党」の批判厳禁)はよくない。
愛国主義的な考え若者に植えつけるための歴史教科書の検定,「いじめの問題の解決」を隠れ蓑にした教育委員会制度の改悪,大学院における教員の再教育を利用した教員の管理の強化,過重労働をせざるをえないやり方等々。

まず良い習慣を身につけるのが大事 -意志力の強調より前に・・・

aikoku-onna_seijikatachi 私は,意志によって恐怖心をコントロールすることだけが唯一の真の勇気だとは思わないし,それが最上の勇気だとさえ思わない。近代の道徳教育の秘訣は,以前は自制と意志(の力)によって生み出された(または生み出そうと試みられた)結果を,良い習慣(を身につけること)によって生み出す点にある。
意志(の力)による勇気は,種々の神経障害を引き起こすが,それについては「戦争神経症(砲弾ショック)」が多数の事例を与えている。抑圧された恐怖心が,内観によっては認識できないような仕方で,無理矢理に表面に出てきたのである。

I do not regard control of fear by the will as the only true courage, or even as the best form of courage. The secret of modern moral education is to produce results by means of good habits which were formerly produced (or attempted) by self-control and will-power. Courage due to the will produces nervous disorders, of which ” shell-shock ” afforded numerous instances. The fears which had been repressed forced their way to the surface in ways not recognizable to introspection.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 4: Fear.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE04-100.HTM

<寸言>
意志の力によって強制するよりも前に良い習慣を無理なく身につけることの方が大切。

aikoku-yochien 論理的思考能力が乏しくて相手を説得できる自信がない者は、権力(地位の差)によって相手を押さえつけ、相手が納得しないことでも強制してやらせようとする。その際には、相手に「意志力」を求めることが多い。
道徳教育によって、若者に、体制従属の保守的な考え方愛国心を教え込もうとする為政者も「意志力」の重要性を強調する。

本物の涙と嘘泣き-区別できる時や人物と区別しにくい時や人物

nonomura_gokyu しかし,赤ん坊が本当に苦痛を感じている場合は,可能であれば,その苦痛を取り除いてやらなければならないので,泣くことが快い結果と結びつくようになることは不可避である。それゆえ,間もなく,赤ん坊は,身体の苦痛を感じるからではなく,快楽が欲しいために泣くようになる。これこそが,赤ん坊の知性の最初の勝利の一つである。

But since any real pain that the child may be suffering must, if possible, be removed, it is inevitable that crying should come to be associated with pleasant consequences. The child therefore soon begins to cry because it desires a pleasure, not because it feels a physical pain ; this is one of its first triumphs of intelligence.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 3: the first years.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE03-050.HTM

<寸言>
赤ん坊や小さい子供の場合は,「身体の苦痛を感じるからではなく,快楽が欲しいために泣くようになる。」というのも理解したり寛容の心で対応できます。
usonaki_joyu しかし,大人になってもこのやり方(「泣きによる騙し」のテクニック)の上手な人がいますので,それは助けてあげるべき本当の窮状か,あるいは(半分は)演技か,どちらであるか見抜くことができる推理力や判断力を養っておく必要があります。
野々村議員の号泣嘘泣きだと判断できても,美人(特に,自分の好きなタイプ)の嘘泣きをあなたは見ぬくことができるでしょうか!?

自力で考えること -「有識者」を悪用して全て決められては困る

seizentaii_katayotteiru02 私たちの日常活動の大部分は,協調的であるべきであり,協調は本能的な基礎を持っていなければならない。にもかかわらず,私たちは皆,自分が特によく知っている事柄については自力で考えられるようになるべきであり,また,自分が大切だと信じている場合には,たとえ人気のない意見でも公言する勇気をもっているべきである

The bulk of our ordinary activities must be co-operative, and co-operation must have an instinctive basis. Nevertheless, we should all learn to be able to think for ourselves about matters that are particularly well known to us, and we ought all to have acquired the courage to proclaim unpopular opinions when we believe them to be important.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, chap. 2: The Aims of Education
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE02-220.HTM

<寸言>
世の中の複雑化にともない,現代ではそれぞれの分野の専門家(有識者/学識経験者等)でなければよくわからないことが増えてきている。それを良いことに、政府や官庁や自治体などでは「有識者会議」(からなる第三者委員会)などが設けられ、その答申や提言を尊重してものごとが決められることが多くなっている。
abe_manuplate 大方の国民もそういった提言や意見を尊重することになりやすいがここには非常に大きな危険がある。政府などが自分たちに都合のよい人々(有識者!)を選んで有識者会議などを設置し、為政者の望む提言や意見を言わせるという事態が多くなってきている。天皇の生前退位の問題に関する有識者会議などはその典型であろう。有識者会議が意見を求めた専門家の人選は非常に偏っていると言わざるを得ない。安倍総理の後ろ盾となっている人物が多すぎる。

服従のお返しに安心感やご褒美を与える

Shinzo Abe, president of the Liberal Democratic Party (LDP), is applauded after being elected Japan's prime minister at the lower house of parliament in Tokyo, Japan, on Wednesday, Dec. 26, 2012. Japan's lower house confirmed Abe as the nation's seventh prime minister in six years, returning him to the office he left in 2007 after his party regained power in a landslide election victory last week. Photographer: Haruyoshi Yamaguchi/Bloomberg *** Local Caption *** Shinzo Abe
Shinzo Abe, president of the Liberal Democratic Party (LDP), is applauded after being elected Japan’s prime minister at the lower house of parliament in Tokyo, Japan, on Wednesday, Dec. 26, 2012. Japan’s lower house confirmed Abe as the nation’s seventh prime minister in six years, returning him to the office he left in 2007 after his party regained power in a landslide election victory last week. Photographer: Haruyoshi Yamaguchi/Bloomberg *** Local Caption *** Shinzo Abe

あらゆる種類の知的体系--キリスト教(注:宗教),社会主義,愛国主義など--は,孤児院のように,服従のお返しに’安心感’を与えようと待ち構えている。自由な精神生活は,何らかの信条(教義)に包まれた生活のように,暖かく,快適で,愛想のよいものではない。外で冬の嵐が吹きすさんでいる間は,信条のみが,ヌクヌクとした炉端にいる感情を与えてくれる。

All sorts of intellectual systems – Christianity, Socialism, Patriotism, etc – are ready, like orphan asylums, to give safety in return for servitude. A free mental life cannot be as warm and comfortable and sociable as a life enveloped in a creed: only a creed can give the feeling of a cosy fireside while the winter storms are raging without.
* cosy = cozy (adj.):居心地の良い
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, chap. 2: The Aims of Education
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE02-210.HTM

<寸言>
abe_manuplate 政治の世界においても,宗教の世界においても、経済の世界においても、服従をする者「安心感」を得ることができる。自分の頭で考えることをやめ,上位の者(特に、各組織における権力者)に従ってさえいれば,それほどひどいことにはならないだろういう,人生に対する「守りの」姿勢
純真な子供の時には考えられないような態度を,社会的圧力に負けて「連戦連敗」を重ねることによって身に着けていく。

権力を持っている私(あるいは私たち)に従順であれば、安定した暮らしをできるだけ保障しよう、しかし、反抗的な態度をとるようなら、支援しないので、勝手に苦しみなさい・・・
そうして、権力者の「真意」に気づき、一度権力に従順になると、後はずるずると頼るようになる。

「精神の自由」を犠牲にして安定を求める人々が少なくない。間違った信条でも、信じている限り(あるいは、信じているふりをしている限り)一時的な安心感を得ることができる。