第12章 権力と統治形態 n.7

【(お知らせ)12.28~2020年1月5日まで、年末年始のため、
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 心理的にみて,絶対君主制の長所は明らかである。一般的に,統治者はどこかの部族あるいは党派(や党派)を征服する。そうして,彼(支配者)につき従う者たちは,自分たちは支配者の栄光を共にする者だと感ずる。キュロス(注: Cyrus ペルシア王国第7代の王であり,メディア王国に従属する小国であったペルシアをメディア王国を倒して統一王朝としてのアケメネス朝を開いた。)は,メディア王国(the Medes)に敵対し,ペルシャ人に叛旗をひるがえさせた。アレクサンダー大王は,自分に従った(故国)マケドニアの人々に権力と富を与えた。ナポレオンは革命軍(フランス市民革命軍)に勝利をもたらした。レーニンおよびヒトラーと彼らの(それぞれの)党との関係(ナチス党及びボリシェビーキ党との関係)も,(以上の例と)同種のものであった。征服者を頭に戴く部族ないし党派は,喜んで彼(征服者)に従い,彼の成功(勝利)によって,その部族や党派自身が偉くなったように感じる。彼に鎮圧された人々は,彼に対し,賞賛(admiration 感嘆)が入り交じった恐怖を感じる。政治的訓練,つまり妥協の習慣は,必要ない。唯一必要な本能的な社会的団結は,彼(征服者)に従う少数の側近集団の本能的な社会的団結のみであり,それは全てその英雄(征服者)の功績に依存しているという事実によって,容易になる(容易に得られる)のである。征服者が死ぬと,征服者の仕事は,アレクサンダー大王の場合のように,粉々になってしまうかも知れない。しかし幸いにも,有能な後継者が,その征服者の仕事が伝統的なものになるまで続けるかも知れない。

第12章 権力と統治形態 n.6

 私は今や(組織の)統治形態の問題に至っており(検討すべき時であり),最初に,絶対君主制から検討を始めるのが自然である。(なぜなら)絶対君主制は,有史時代における(歴史が始まって今までにおける)政体のなかで,最も古くかつ単純かつ普及した政体だからである。私は今,王と暴君(圧制者)とを区別して考えていない(注:みすず書房版の東宮訳では「私は目下のところ、王と僭主とを区別して考えており・・・」と反対の意味にとっており、誤訳となっている。I am not now distinguishing between .. の中の「not」が目に入らなかったのか!?)。即ち,たとえ世襲の王による独裁であろうとあるいは王座を奪い取った者による独裁であろうと,私はただ単に,独裁者による支配について検討しようとしている。この統治形態は,アジアにおいては全時代を通じて幅広く行われてきたものであり,それはバビロニア時代の記録の初めから,ペルシャの君主政体,マケドニアおよびローマによる支配,カリフによる支配を通じて,ムガール皇帝の時代まで及んでいる。確かに,中国においては,焚書を行なった秦の始皇帝(紀元前3世紀)の治世を除いて,皇帝は絶対的な存在ではなかった。それ以外の時代においては,知識階級は常に皇帝を打ち負かすことができた。しかし,中国は,常に全ての規則の例外であり続けてきた(きている)。現在,絶対君主制は衰えかけていると思われているが,絶対君主に非常に似ているものが,ドイツ,イタリア,ロシア,トルコ,日本(注:1938年当時)で流行している。人々が自然だと(経験を通して)見出している統治形態であることは明らかである。

Chapter XII: Powers and Forms of Governments, n.6 I come now to the question of forms of government, and it is natural to begin with absolute monarchy, as the oldest, simplest, and most wide-spread of the constitutions known in historical times. I am not now distinguishing between the king and the tyrant; I am considering simply one-man rule, whether that of a hereditary king or that of a usurper. This form of government has prevailed in Asia at all times, from the beginning of Babylonian records through the Persian monarchy, the Macedonian and Roman domination, and the Caliphate, to the days of the Great Mogul. In China, it is true, the Emperor was not absolute, except during the reign of Shih Huang Ti (third century B. C.), who burnt the books ; at other times, the literati could usually defeat him. But China has always been an exception to all rules. At the present day, though absolute monarchy is supposed to be in decline, something very like it prevails in Germany, Italy, Russia, Turkey, and Japan. It is evident that this form of government is one which men find natural.
 出典: Power, 1938.
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第12章 権力と統治形態 n.5

 民主主義国においては,最も重要な民間組織(私的組織)は経済的なものである。秘密結社と違って,民主主義国の民間組織は不法行為を犯すことなく暴力を行使することができる。なぜなら,民主主義国の民間組織は,自分たちの敵を殺すぞと脅かすことはなく,敵に餓死の脅威を与えるだけだからである。そのような脅迫(威嚇)手段によって ーそれははっきりと口で言う必要はない- 民主主義国の民間組織は,しばしば,政府さえも打ち負かしてきたのであり,たとえば,最近ではフランスにおいて(その例が)見られる。民間組織体が,自組織に属さない人々に,十分食べものを与えるか与えないかを決定する力を持っている限り,国家権力は非常に重大な制限を受けることになるのは明らかである。この点において,ドイツとイタリアでは,ロシアに劣らず,国家は民間資本に対して最高位に立つものとなっている。

Chapter XI: Powers and Forms of Government, n.5

In democratic countries, the most important private organizations are economic. Unlike secret societies, they are able to exercise their terrorism without illegality, since they do not threaten to kill their enemies, but only to starve them. By means of such threats — which do not need to be explicitly uttered — they have frequently defeated even governments, for example recently in France. So long as private organizations can decide whether individuals not belonging to them shall, or shall not, have enough to eat, the power of the State is obviously subject to very serious limitations. In Germany and Italy, no less than in Russia, the State has become supreme over private capital in this respect.
 出典: Power, 1938.
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第12章 権力と統治形態 n.4

 民間組織(私的組織)の対外的な権力は,国家によって嫉妬とともに(羨望の眼で)見られがちなものであり,それゆえ,大部分,超法規的なものである。そうした権力は,主として,ボイコット(特定の人物の排斥や不買運動など)やその他のもっと極端な形の威嚇に依存する。そのような暴力主義(的行為)の影響は,通常,革命あるいは無政府状態への(一つの)序曲である。アイルランドにおいては,暗殺(という暴力行為の流行)は,最初は地主の没落を,次には英国の(アイルランド)支配の没落をもたらした。ツァー統治下のロシアでは,革命党員(革命家)は,大部分,暴力主義的な方法に依存していた。ナチスは非合法の暴力行為によって成功を勝ち得た。目下のところ,チェコスロヴァキアにおいては,ドイツ住民の中にいて,へンライン党(注:ドイツ国家社会主義労働者党)に加わろうとしない(チェコの)人々は,「あなた(たち)は要注意人物だ!」とか「あなたの番がまわってくるぞ!」といったような警告書(notices)を受けとる。そうして,ドイツがオーストリアを占領した時に(ドイツの)敵(の身)に起こったとを考慮する時,そのような威嚇はとても効果的である。この種の非合法行為によく対抗することのできない国家は,通常,間もなく(すぐに)災難にあう。もしその非合法行為が,明確な政治綱領をもった単一な組織体の非合法行為である場合には,その結果は革命である。しかし,それが山賊の一団(一味)とか反乱軍の非合法行為である場合には,次第に単なる無政府状態と混乱へと推移していくかもしれない。

Chapter XI: Powers and Forms of Government, n.4 The external powers of private organizations are apt to be regarded by the State with jealousy, and are therefore largely extra-legal. They depend mainly upon the boycott and other more extreme forms of intimidation. Such terroristic influence is usually a prelude to revolution or anarchy. In Ireland, assassination brought about the downfall, first of the landlords, and then of the English domination. In Tsarist Russia, the revolutionaries depended very largely upon terroristic methods. The Nazis won their way by acts of illegal violence. At the present moment, in Czechoslovakia, those among the German population who will not join Henlein’s party receive such notices as “you are a marked man” or “your turn will come” ; and in view of what happened to opponents when the Germans occupied Austria, such threats are very effective. A State which cannot cope with this kind of illegality usually soon comes to grief. If the illegality is that of a single organization with a definite political programme, the result is revolution, but if it is that of bands of brigands or mutinous soldiers, there may be a lapse into mere anarchy and chaos.
 出典: Power, 1938.
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第12章 権力と統治形態 n.3

 組織(体)が構成員以外の人々に対してふるう権力は,それほど容易には定義できない。外国人との関連における国家権力は,戦争及び戦争の脅威(の如何)に依存している。このことは関税と移民法のような問題にさえあてはまり,両方とも,中国においては,(中国の)軍事的敗北の結果として中国によって受け入れられた諸条約によって規制された。軍事力の欠如のみが、一つの国家が他の国家に及ぼす権力を制限する。十分な優位性が与えられれば,全住民の根絶(殺害)や除去(強制排除)というようなことさえ,(法令として)布告されるかもしれないし,事実またしばしば布告されてきた。たとえば,(旧約聖書の)ヨシュア記(注:ユダヤ教においては「預言書」,キリスト教においては「歴史書」/ヨシュアの指導の下、イスラエル人がカナンに住む諸民族を武力で制圧し、約束の地を征服していく歴史が記述されている。),バビロン捕囚,それから、北米インディアンをみな殺しにしない場合に(特別)保留地に監禁(強制収容)したこと、を考えてみるとよい。

Chapter XI: Powers and Forms of Government, n.3 The powers of organizations over non-members are less easy to define. The powers of a State in relation to foreigners depend upon war and the threat of war; this applies even to such matters as tariffs and immigration laws, both of which, in China, were regulated by treaties accepted as a result of military defeat. Nothing but lack of military force limits the power of one State over another; given sufficient preponderance, even extermination or removal of the whole population may be decreed, and often has been. Consider, for example, the Book of Joshua, the Babylonian captivity, and the confinement of North American Indians to reservations when not exterminated.
 出典: Power, 1938.
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第12章 権力と統治形態 n.2

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 これに反して,市民に対する国家権力は,憲法の規定市民の恣意的な逮捕や略奪を禁じている場合を除いて,制限されないアメリカ合衆国においては,いかなる人間も,正当な手続きを除いて,生命,自由,財産を奪われることはない(ありえない)。即ち,それらの刑罰に値すると事前に言明されている何らかの行為を行った罪があることを,司法当局によって論証された場合を除いて(by the demostration to the judical authorities),国民は生命,自由,財産を奪われることはありえない。英国においては,行政府の権力は,米国の場合と同様に制限されているけれども,立法府(の権力)は絶大な権力を有している(omnipotent)。即ち,立法府(議会)は,ジョン・スミス氏は死刑に処すべきだとか,彼の財産を没収すべきだとかいう趣旨の法令を通過させるのに,(立法府は)スミス氏が罪を犯したことを立証しなくても可能である(注:establish 確証する,立証する)。この権力は, 私権剥奪法(Acts of Attainder)という形で,議会が政府をおさえる手段の一つであった。インド及び全体主義国家(注:1938年当時)においては,この権力(私権剥奪の権力)は行政府に属しており,自由に(制限なく)行使されている。このことは伝統に従っており,国家がこの全能的な権力(全権)を失ってしまったところでは,人権説の結果としてそうなってきたのである。(注:戦前の日本では「思想犯」が約400名ほど獄死したと言われている。 https://designroomrune.com/magome/daypage/02/0220.html

Chapter XII: Powers and Forms of Governments, n.2 The powers of the State over its citizens are, on the contrary, unlimited, except in so far as constitutional provisions may forbid arbitrary arrest or spoliation. In the United States, no man can be deprived of life, liberty, or property except by due process of law, i.e. by the demonstration to the judicial authorities that he has been guilty of some act previously declared deserving of such punishment. In England, although the powers of the executive are similarly limited, the legislature is omnipotent : it can pass an Act to the effect that Mr. John Smith is to be put to death, or deprived of his property, without the necessity of establishing that he has committed a crime. In the form of Acts of Attainder, this power was one of the means by which Parliament acquired control of the government. In India and in totalitarian States, this power belongs to the executive, and is freely exercised. This is in accordance with tradition, and where States have lost this omnipotence they have done so as a result of the doctrine of the Rights of Man.
 出典: Power, 1938.
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第12章 権力と統治形態 n.1

 組織体の最も重要な特徴は,その組織の目的は別として(除いて),次の四つである。 (一)規模 (二)構成員に及ぼす力(権力) (三)構成員以外の者に及ぼす力(権力) (四)統治形態  規模の問題は次章で考察することする。  それ以外の3つが当面の話題である。  国家以外の法的に認められている組織(注:暴力団は認められていない。)は,法によって厳しく制限されている,その構成員に対する権力を有している。あなたが法廷弁護士,事務弁護士,医者,あるいは競走馬のオーナー(所有者)だとすれば,それぞれ(順番に),資格剥奪,弁護士名簿からの削除,医師免許の停止,競馬界からの追放がされるかもしれない(’turf’ : 芝生=競馬場)。これらの処罰の全てには不名誉が伴っており,最初の3つは極度の経済的困難を伴いがちである。しかし,あなたが自分の職業の上でどんなに不評判であったとしても,同僚はあなたに職業(仕事)を行わせないということ以上のことを,法的に行うことはできない。もしあなたが政治家であれば,党組織の支援を得たいと思うのであれば、自分の属する党によって正統派として受け入れなければならない(注: you must be accepted as orthodox by 公認されなければならない)。しかし,あなたが他の政党に加わることを妨げられることはありえないし,議会の抗争から遠く離れて平和な生活を送ることを妨げられることもありえない。国家以外の組織体がその構成員に及ぼす権力は,(組織からの)除名(追放)の権利に依存しており,除名(追放)に伴う悪評と財政的困難に応じて,より厳しいものとなったり,それほど厳しくないものになったりする。

Chapter XII: Powers and Forms of Governments, n.1

Apart from the purpose of an organization, its most important characteristics are (I) size, (2) Power over members, (3) Power Over non-members, (4) form of government. The question of size I shall consider in the next chapter; the others are to form our present topic. Legally tolerated organizations other than the State have powers over their members which are strictly limited by law. If you are a barrister, a solicitor, a medical man, or an owner of racehorses, you may be disbarred, struck off the rolls, disqualified, or warned off the turf. All these punishments involve disgrace, and the first three are likely to involve extreme economic hardship. But however unpopular you may be in your profession, your colleagues cannot legally do more than prevent you from practising it. If you are a politician, you must be accepted as orthodox by your party if you wish to have the help of the machine; but you cannot be prevented from joining another party or from living a peaceful life remote from parliamentary contests. The powers of organizations other than the State over their members depend upon the right of expulsion, and are more or less severe according to the degree of obloquy and financial hardship attached to expulsion.  出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.24

 私は(これまで),一つの組織(体)の成長及びその組織(体)の競争相手との競争について話してきた。ダーウィン説の信奉者(ダーウィン主義者)的な推論を完璧なものにするためには,(組織の)衰退と(組織の)老齢期についても何か述べなくてはならない。人間は死すべきものだという事実は,それ自体で(本質的に),組織(体)というものは死滅する運命にあるという理由にはならないが,それにもかかわらず,大部分の組織は死滅する。時折,組織(体)は,外部から(の力で)非業の死(volent death)をとげるが,しかし,それは,私が当面考察したいと思うものではない。私が(今)考察したいと思うのは,ちょうど老人に似ている動きの弱さと遅さであり,それらは旧い組織(体)によく見かけられるものである。その最適の例は,1911年の革命(注:辛亥革命)以前の中華帝国である。中華帝国は,世界において,断トツに最も古い政体である。(即ち)中華帝国は,ローマ(帝国)の勃興の時代及びカリフ(統治)の全盛時代の間に(すでに)武勇を示していた。(また)中華帝国は,高度の文明の切れ目のない伝統及び競争試験という手段(medium 媒介物)を通して登用される有能な人間による,長期間に渡って確立された,統治の実践(経験)を有していた。伝統の強さ,つまり,幾世紀にも渡る習慣の圧制(暴政)が,(中華帝国)崩壊の原因であった。(中華帝国の)知識階級にとって,西洋諸国民に対抗するためには,儒学者の古典よりも他の知識が必要だということ,あるいは,半野蛮人(半ば野蛮な人々)に対抗するには十分であった格言はヨーロッパ人に対しては無力である,ということを理解することは不可能であった。一つの組織(体)を旧いものへとしてしまうのは,,成功に基礎を置いた習慣である。つまり、新しい状況が起こった時,そういった習慣はあまりに強く、それを振り落とすことができないのである。革命の時代には,命令をする習慣を持っている人たちは,もはやそうした命令の習慣や相関的な服従の習慣をあてにすることはできないということを,すぐには,決して認識することができない。さらに,高位の人によって必要とされた(exacted 強要された)敬意は,もともとは自分たちの権威を確かなものにしようとの目的が伴っていたが(with a view to confirming their authority),時が経つとともに,行動の上で彼らの邪魔をし,成功に必要な知識を彼らが獲得することを妨げる(ところの)硬直した礼儀へと発達していったのである。王(諸侯)はあまりに神聖になり過ぎたために,もはや戦闘において指揮をとることができず(注:長い間に戦闘能力は消失),受け入れがたい真実を語る者はまったくいなくなる。そういった者は(もしいたら)そういうことを語るものは殺してしまうだろうからである。時代とともに,彼ら(諸侯)は単なる象徴と化し,いつか,人々は,けっきょく,王(諸侯)は何ら価値あるものの象徴になってないという事実に目覚める(こととなる)。

Chapter XI: The Biology of Organizations, n.24 I have spoken of the growth of an organization, and of its competition with rivals. To complete the Darwinian analogy, something should be said about decay and old age. The fact that men are mortal is not, in itself, a reason for expecting organizations to die, and yet most of them do. Sometimes they suffer a violent death from without, but this is not what, at the moment, I wish to consider. What I wish to consider is the feebleness and slowness of movement, analogous to that of old men, which is often seen in old organizations. One of the best examples is the Chinese Empire before the revolution of 1911. It was by far the most anient government in the world; it had shown military prowess at the time of of th rise of Rome, and during the great days of the Caliphate; it had a continuous tradition of high civilization, and a long established practice of government by able men chosen through the medium of competitive examination. The strength of the tradition, the tyranny of centuries of habit, was the cause of collapse. It was impossible for the literati to understand that other knowledge than that of the Confucian classics was needed for coping with the nations of the West, or that the maxims which had been adequate against semi-barbarian frontier races were of no avail against Europeans. What makes an organization grow old is habit based upon success; when new circumstances arise, the habit is too strong to be shaken off. In revolutionary times, those who have the habit of command never realize soon enough that they can no longer count upon the correlative habit of obedience. Moreover the respect exacted by exalted persons, originally with a view to confirming their authority, in time develops into a stiff etiquette that hampers them in action and prevents them from acquiring the knowledge needed for success. Kings can no longer lead in battle because they are too sacred; they cannot be told unpalatable truths, because they would execute the teller. In time they become mere symbols, and some day people wake up to the fact that they symbolize nothing of any value.
 出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.23

このように,個人に訴えかけるものを,誇り,ねたみ,憎しみ,軽蔑,競争の喜びといった動機から引き出す組織(体)は(原注:私は,メアリルボーン・クリケット・クラブ Marylebone Cricket Club のような,たった一つの統治権限(governing authority)の範囲内で組織化できる単なるスポーツ競技は除外する。),もしその組織が世界的な規模の場合には,その目的を達成することはできない。そういった情熱/情緒(注:ねたみ、憎しみなど)が強い世界においては,世界的規模に達した組織体は,必ずといってよいほど解体する。なぜなら,そういった組織は,自分を動かす原動力を失ってしまっているだろうからである。  今述べてきたことによって明らかなように,我々は,組織(体)を統治している人々の感情よりも,むしろ組織(体)の普通のメンバー(成員)の感情について(これまで)考察してきた。組織体の目的がどのようなものであれ,統治者(its government)は権力から満足を引き出すので,その結果として,統治者(government)は組織の一般メンバー(成員)とは一致しない利益(利害)を持つことになる。それゆえ,世界征服(universal conquest)に対する欲求は,組織の普通のメンバー(成員)よりも組織の統治者の方に強く現れる傾向がある。  にもかかわらず,協力によって実現される感情を具体化する組織(体)の力学と,その目的からいって本質的に争いが伴う組織(体)の力学との間には重要な相違がある。これは大きな広がりを持つ問題であり,当面、私は,組織(体)の目的は考慮しないで,もっぱら組織(体)の研究を制限するものについて指摘するにとどめたい。

Chapter XI: The Biology of Organizations, n.23 Thus an organization which derives its appeal to the individual from such motives as pride, envy, hate, contempt, or pleasure in contest (note: I am excluding merely sporting contests, which can be organized within a single governing authority such as the M.C.C.), cannot fulfil its purpose if it is world-wide. In a world where such passions are strong, an organization which becomes world-wide is pretty sure to break up, since it will have lost its motive force. It will be seen that, in what has just been said, we have been considering rather the sentiments of ordinary members of organizations than those of their governments. Whatever the purpose of an organization, its government derives satisfaction from power, and has, in consequence, an interest not identical with that of the members. The desire for universal conquest is therefore likely to be stronger in the government than in the members. Nevertheless, there is an important difference between the dynamics of organizations embodying sentiments to be realized by co-operation and that of those whose purposes essentially involve conflict. This is a large subject, and for the present I am merely concerned to point out the limitations to the study of organizations without regard to their purposes.
 出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.22

 神学は,この種の(感情の)限界(感情に限界を与えるもの)についての例を(いろいろ)与えてくれる。ユダヤ人は,キリスト紀元(西暦)の初めの頃の数世紀は別として,異邦人(注:Gentiles ユダヤ人から見た異邦人。特にキリスト教徒)を改宗させたいなどという望みは抱いていなかった。彼らユダヤ人は,自分たちは選民であるということ(意識)に由来する優越感に満足していた。神道は -日本が世界のいかなる国よりも前に創られた(創造された)と教えているが- 日本人以外の者に訴えかける意図はない,あるいは,そう訴えかける傾向はない。誰もが知っているオールド・リヒト(Auld Lichits)の物語も(また同様であり),彼らは天国に到着した時,極楽(celestial bliss)の楽しみがダメになる恐れから,極楽には他の人々がいることを知ることがないように防止措置がとられた。これと同種の感情は,もっと悪意のある形をとることがある。(たとえば)迫害する者にとって(他人を)迫害することはとても愉快かも知れず,その場合には,その人にとっては,異端者(異教徒)がいない世界は耐えられないほど退屈であろう。同様に,ヒトラーやムッソリーニは -戦争こそ人間活動のなかで最も高貴なものだと教えているので- 自分たちが世界中を征服してしまい,戦うべき敵が一人もいないというようなことになったら,幸福ではないであろう。同様にして,政党政治も,一つの党が疑問の余地がないほど覇権を獲得すれば,面白みのないものになってしまう。

Chapter XI: The Biology of Organizations, n.22 Theology affords illustrations of this limitation. The Jews, except during a few centuries round about the beginning of the Christian era, have had no wish to convert the Gentiles; they have been content with the feeling of superiority which they derived from being the Chosen People. Shinto, which teaches that Japan was created earlier than the rest of the world, is not intended or likely to appeal to those who are not Japanese. Everyone knows the story of the Auld Lichts arriving in heaven, and being prevented from discovering that there were other people there, for fear of spoiling their enjoyment of celestial bliss. The same kind of sentiment may take a more sinister form: persecution may be so pleasant to the persecutor that he would find a world without heretics intolerably dull. Similarly Hitler and Mussolini, since they teach that war is the noblest of human activities, could not be happy if they had conquered the world and had no enemies left to fight. In like manner, party politics become uninteresting as soon as one party has unquestionable supremacy.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER11_220.HTM