バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.6

 恐らく、『論考』の哲学における基本的な学説は、命題(と)はその命題が主張する事実の画像(picture 写し絵)であるという説(注:模写説)であろう。地図は(何らかの)情報を -それが正しいにせよ正しくないにせよ- 伝える。そうして、情報が正しい場合には、それは地図とその地図が該当する地域との間に、構造上の類似性があるためである。同じことが、事実を言語で主張することについてもあてはまるとウィトゲンシュタインは考えた(注:the same is true of ~;~についてもそれは同様である)。たとえば、彼は、a が b に対して R という関係をもつという事実を表すために、aRb という記号を用いるとき、この記号がその事実を表現しうるのは、その記号が a という文字と、b という文字との間に a という物と b という物との間の関係を表現するような,ひとつの関係を確立しているからである、と言った。この説は構造の重要性の強調をともなった。たとえば、彼はこう言う。「蓄音機のレコード、楽想(musical thought 音楽思想)、楽譜、音波は全て、相互に、言語と世界との間に成り立つのと同じような絵画的な内面的な関係の中に立っている。論理的構造はそれら全て共通である」。 「物語の中の二人の青年や彼らの二匹の馬や彼らの百合のごとく、それらは全てある意味で一つのもの(一体)である)」(『論考』4.014)

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.6 Perhaps the basic doctrine in the philosophy of the Tractatus is that a proposition is a picture of the facts which it asserts. A map clearly conveys information, correct or incorrect; and when the information is correct, this is because there is a similarity of structure between the map and the region concerned. Wittgenstein held that the same is true of the linguistic assertions of a fact. He said, for example, that, if you use the symbol ‘aRb’ to represent the fact that a has the relation R to b, your symbol is able to do so because it establishes a relation between ‘a’ and ‘b’ which represents the relation between a and b. This doctrine went with an emphasis upon the importance of structure. He says, for example, ‘The gramophone record, the musical thought, the score, the waves of sound, all stand to one another in that pictorial internal relation, which holds between language and the world. To all of them the logical structure is common.’ ‘(Like the two youths, their two horses and their lilies in the story. They are all in a certain sense one.)’ (Tractaius 4.014.)  
 Source: My Philosophical Development, chap.108:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.5

【 YouTube 動画: https://youtu.be/SKvSz08c35g

 1918年の始めに、私はロンドンで連続講義をし、それは後に雑誌「モニスト(Monist)」に1918年から1919年に渡って発表された(印刷にふされた)。私は「モニスト誌」掲載された論文の冒頭に、自分がウィトゲンシュタインに負うところある旨(負っていることを認めて)を、次のように書いた(prefaced)。「以下の論文は、1918年始めの数ケ月にロンドンで行われた全8回の連続講義のうち始めの2回の講義です。それらは主として、以前私の学生であり,(現在)友人であるルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインから学んだある考えを説明するものに大部分関係しています。私は1914年8月以降の彼の見解を知る機会をまったくもたず、彼が(現在)生きているかどうかも知りません。従って、彼らは、これら2つの講義で述べられていることに対し、講義に含まれている理論の多くを最初に(私に)与えたということ以上に、責任を持っていません。残りの6つの講義はモニスト誌に今後3号に渡って掲載される予定です。」  自分の哲学を言い表すのに「論理的原子論(Logical Atomism)」という名称を初めて採用したのは、この講義においてであった。しかし、ウィトゲンシュタインの学説は1914年にはまだ未完成(未成熟)の状態にあったので、この段階にこれ以上とどまる価値はない(not worth while to linger upon this phase)。重要なのは『論理的哲学論考(Tractatus)』であり、そのタイプ原稿をウィットゲンシュタインは、第一次世界大戦休戦(1918年11月11日)後直ぐに -まだ彼が捕虜してイタリヤのモンテ・カッシノにいたときに- 私のところへ送って来た(郵送してきた)。私は『論考』の学説を、まずそれらの学説が当時の私に影響したものとして、また次に、それ以降、私がその学説をどう考えるようになったことについて、考察することにしよう。

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.5 At the beginning of 1918, I gave a course of lectures in London which were subsequently printed in The Monist (1918 and 1919). I prefaced these lectures by the following acknowledgement of my indebtedness to Wittgenstein: ‘The following articles are the first two lectures of a course of eight lectures delivered in London in the first months of 1918, and are very largely concerned with explaining certain ideas which I learnt from my friend and former pupil Ludwig Wittgenstein. I have had no opportunity of knowing his views since August 1914, and I do not even know whether he is alive or dead. He has therefore no responsibility for what is said in these lectures beyond that of having originally supplied many of the theories contained in them. The six other lectures will appear in the three following numbers of The Monist. It was in these lectures that I first adopted the name ‘Logical Atomism’ to describe my philosophy. But it is not worth while to linger upon this phase, since Wittgenstein’s doctrines in 1914 were in an immature stage. What was important was the Tractatus, of which Wittgenstein sent me the typescript very soon after the Armistice, while he was still a prisoner at Monte Cassino. I shall consider the doctrines of the Tractatus, first as they affected me at the time, and then as I have since come to think of them.
 Source: My Philosophical Development, chap. 10:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.4

 ウィトゲンシュタインの学説(doctrines)は私に深い影響を与えた。(今では)、多くの点で私はかれに賛成しすぎたと考えるにいたっている。しかし、まず争点(points at issue 論争となっている点)は何であったか説明しなければならない。  ウィトゲンシュタインの私に対する衝撃二つの波となってやって来た。第一派は第一次世界大戦前にやってきた。第二波は大戦直後のウィトゲンシュタインが彼の『論考』(Tractatus)の原稿を私に送ってきた時のことであった。彼の後の学説 -彼の後の著書『哲学的探究』(Philosophical Investigation に現われているような学説- は、私には何の影響をも与えなかった。  1914年の始め、ウィトゲンシュタインは、さまざまな論理学上の問題についての覚え書(notes)からなる短いタイプ原稿(注:typescript タイプライターで打った原稿。みすず書房の野田訳の「タイプ刷りの原稿」では印刷したと誤解される。)を私にくれた(送ってくれた)。この原稿は、何度も彼と(手紙で)話し合ったことが合わさって、戦争中の私の思索に影響した。(ただし)その間、彼はオーストリヤ軍に加わっており、従って、私は彼との接触を全く断たれていた。この時、私が彼の学説について持っていた知識は、全く未発表の情報源に由来するもの(得られたもの)であった。この時にまた後になっても、私自身が彼から得たと思っていた諸見解が、実際に彼の見解であったかどうか、私にははっきりしない。彼は、他人による自分の学説の解説(expositions)を、その人が彼の熱心な弟子(ヴィトゲンシュタイン)である場合でも、常にはげしく否認していた。私の知る唯一の例外は、ラムゼー(注:Frank Pl. Ramsey, 1903-1930:ケンブリッジ大学トリニティ・こレッジ出身の数学者で数学・哲学・経済学に大きく貢献)であった。ラムゼーのことはまもなく(presently)取り上げるであろう。

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.4 Wittgenstein’s doctrines influenced me profoundly. I have come to think that on many points I went too far in agreeing with him, but I must first explain what were the points at issue. Wittgenstein’s impact upon me came in two waves: the first of these was before the First World War; the second was immediately after the War when he sent me the manuscript of his Tractatus. His later doctrines, as they appear in his Philosophical Investigations have not influenced me at all. At the beginning of 1914, Wittgenstein gave me a short typescript consisting of notes on various logical points. This, together with a large number of conversations, affected my thinking during the war years while he was in the Austrian army and I was, therefore, cut off from all contact with him. What I knew of his doctrines at this time was derived entirely from unpublished sources. I do not feel sure that, either then or later, the views which I believed myself to have derived from him were in fact his views. He always vehemently repudiated expositions of his doctrines by others, even when those others were ardent disciples. The only exception that I know of was F. P. Ramsey, whom I will consider presently.
 Source: My Philosophical Development, chap. 10:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.3

 争点(issue)は上の数学の例に見られるよりもはるかに一般的なものである。争点は次のとおりである。「ある命題が真であるか偽であるか(二者択一 the alternative)を決定する方法が存在しないとき、その命題は真であるか偽であるかどちらかであると言うことは何らかの意味があるか?」 あるいは、別の形で言い表わすと、「『真(であること)は『検証可能』であるということと同一視すべきか?」 、我々はひどく無益な論理的矛盾(パラドクス)を冒すことなく、こういう同一視をすることはできないと考える(そのような同一視をすれば、ひどい無益な論理的矛盾を冒すことになる、と私は考える)。(たとえば)次のような命題をとりあげよう。「西暦一年一月一日にマンハッタン島に雪が降った」。この命題が真であるか偽であるかを発見しうるいかなる方法もない。しかしそれが真でも偽でもないと主張することは不合理(preposterous 馬鹿げている)と思われる(訳注:1年単位あるいは、数ヶ月単位であればその土地に当時雪が降ったかどうかわかるかも知れないが、その数ヶ月の中の特定のある日に雪が降ったかどうかは確かめることはできない)。私はこの問題を今はこれ以上追求しないことにする。(というのは)私の著書『意味と真理の研究』(Inquiry into Meaning and Truth)の第20章と第21章で詳しく論じており、本書の後の章でそれについてまた言及する(からである)。それまでの間、私は直観主義者の理論はしりぞけられるべきであると想定(仮定)することにしよう。  直観主義者も形式主義者も『プリンキピア・マテマティカ(数学原理)』の学説を外側から攻撃しており、彼らの攻撃を撃退することは大して困難とは思われなかった。ウィトゲンシュタイン及びウィトゲンシュタイン学派からの批評は別の問題であった。それは内側からの攻撃であり、全ての点において尊重に値した(検討の価値があった)。

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.3 The issue is much more general than it appears in the above mathematical examples. The issue is: ‘Is there any sense in saying that a proposition is either true or false when there is no way of deciding the alternative?’ or, to put the matter in a different form, ‘Should “true” be identified with “verifiable”?’ I do not think we can make such an identification unless we commit ourselves to gross and gratuitous paradoxes. Take such a proposition as the following: ‘It snowed on Manhattan Island on the 1st January in the year 1 A. D.’. There is no conceivable method by which we can discover whether this proposition is true or false, but it seems preposterous to maintain that it is neither. I will not now pursue this matter further, as I discussed it in detail in Chapters XX and XXI of the Inquiry into Meaning and Truth to which I shall return in a later chapter. Meantime, I shall assume that the Intuitionists’ theory is to be rejected. Both the Intuitionists and the Formalists attacked the doctrines of Principia Mathematica from without, and it did not seem very difficult to repel their attacks. It was another matter with the criticisms of Wittgenstein and his school, which were attacks from within and deserving of all respect.
 Source: My Philosophical Development, chap. 10:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.2

 ブラウエル(Luitzen Egbertus Jan Brouwer、1881-1966:オランダの数学者で、数学基礎論における直観主義の創始者)に率いられている直観主義者の理論は、もっと重大な議論を必要とする(demand 要求する)。この理論の中枢(nerve)は、排中律の否定にある。それは(直観主義の理論は)、一つの命題が真または偽とみなされるのは、真偽のいずれであるかを確かめるための何らかの方法が存在するときのみである、と主張する(注:It holds that ~という考えを抱いている)。いつも引き合いに出される例(stock example よく知られた例)の一つは、「πを小数で表す場合に(注:in the decimal determination of ‘π’)、3つ連続して7が現われる(ことがある)」という命題である(注:3.1415926 ・・・777・・・)。πの値が(これまでに)計算されたかぎりでは(so far … π has been worked out)、7が三つ連続して出て来ることはなかった。しかし、さらに計算を進めて行って7が三つつづいて現われることがないと想定する根拠もまったくない(no reason 証明できなお)。もし今後7が三つつづく場所(point)が現れるならば、問題は決着するであろうが、今後もそういう場所に達しないとしても、さらに進んでもそういう場所は現れないだろうという証明にはならない。それゆえ、我々は三つの欄属する7が存在するという証明に成功するかも知れないが、三つの連続する7は(絶対に)現れないということは証明できない。この問題は解析学(注:analysis = mathematical analysis : 極限や収束といった概念を扱う数学の分野で、代数学、幾何学と合わせて数学の三大分野をなしている。)との関係で重大な意味をもつ。無限小数は、時には、ある規則に従って進行し、その規則により我々が選ぶ数だけの数字を計算をすることを可能にする。しかし時には、無限小数(Decimals which do not terminate)はいかなる法則にも従わない(そのように我々は想定せざるをえない)。一般に承認されている原理に従えば、後者の場合の方が前者よりも無限に多いのであり、しかもそういう「無法則」な小数の存在を認めなければ、実数の理論全体が崩壊し、それとともに無限小算法と高等数学のほとんど全部とが崩壊するのである。ブラウエルはこのびどい結果を平然と受けいれたが、大多数の数学者はそういう結果は堪えがたいと見た。

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.2 The Intuitionists’ theory, led by Brouwer, demands more serious discussion. The nerve of this theory is the denial of the law of excluded middle. It holds that a proposition can only be accounted true or false when there is some method of ascertaining which of these it is. One of the stock examples is the proposition ‘there are three successive sevens in the decimal determination of ‘π’. So far as the value of ‘π’ has been worked out there are not three successive sevens, but there is no reason to suppose that these might not occur at a later point. If it should hereafter appear that there is a point where three successive sevens occur, that would decide the matter, but, if no such point is reached, that does not prove that there may not be such a point later on. Therefore, although we might succeed in proving that there are three successive sevens, we can never prove that there are not. The matter has great importance in connection with analysis. Decimals which do not terminate sometimes proceed according to a law which enables us to calculate as many terms as we choose. But sometimes (so we must suppose) they do not proceed according to any law. On the generally accepted principles, this latter case is infinitely commoner than the former, and, unless such ‘lawless’ decimals are admitted, the whole theory of real numbers collapses and, with it, the infinitesimal calculus and almost the whole of higher mathematics. Brouwer faced this disaster unflinchingly, but most mathematicians found it unbearable.
 Source: My Philosophical Development, chap. 10:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.1

プリンキピア・マテマティカ(数学原理)』は当初、いくらか好意的でない受け取られかたをされた。ヨーロッパ大陸における数理哲学は、形式主義者(Formalists)と直観主義者(Intuitionists)との二つの学派に分れており、いずれも、数学を論理学から導出することに全面的に反対し、その反対を正当化するのに論理的矛盾(注:ラッセルのパラドクスなど)を利用していた(take advantage of) 。  ヒルベルト(David Hilbert, 1862-1943:ドイツの数学者で多くの研究者を育成した。高木貞治もドイツ留学時代にヒルベルトの教えを受けた。)のひきいる形式主義者たちは、算術の記号は紙に書かれた印(marks)にすぎず、意味をもたず(意味を欠いており)、算術はこれらの印を操作できるようにするために恣意的に(人為的に)定められた一定の規則 -チェスの規則のようなものー から成っていると主張する。この理論は全ての哲学的論争を回避可能という長所をもつが、我々が物を数えるときに数を用いる(適用する)ということを説明できないという短所をもっている。形式主義者の与える操作規則は全て、たとえ 0 という記号が百あるいは千あるいは任意の有限数を意味すると解釈しても(訳注:”if” = “even if”)、立証される(正しいことが確かめられる)。この理論は、「この部屋には人が三人いる」とか「十二人の使徒がいた」とかいうような単純な陳述の意味するところを、説明することができない。この理論は加え算(足し算)をすることを完全に理由づけるが、数の通用を理由づけえない(注:機械的な計算は九九の足し算の規則にしたがってやるだけなので可能だが、その数自体が意味を持たないので、例えばキリスト教の三位一体説の意味を説明不可能)。数が重要だとするのはその(意味を伴った)適用によってであるので、形式主義の理論は不十分であり、問題を回避しているとみなされなければならない。

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.1
Principia Mathematica had at first a somewhat unfavourable reception. Mathematical philosophy on the Continent was divided between two schools, the Formalists and the Intuitionists, both of whom rejected totally the derivation of mathematics from logic and took advantage of the contradictions to justify their rejection. The Formalists, led by Hilbert, maintain that arithmetical symbols are merely marks on paper, devoid of meaning, and that arithmetic consists of certain arbitrary rules, like the rules of chess, by which these marks can be manipulated. This theory had the advantage of avoiding all philosophical controversy, but it had the disadvantage of failing to explain the application of numbers in counting. All the rules of manipulation given by the Formalists are verified if the symbol 0 is taken to mean one hundred or one thousand or any other finite number. The theory is unable to explain what is meant by simple statements such as ‘there are three men in this room’ or ‘there were twelve apostles’. The theory is perfectly adequate for doing sums, but not for the applications of number. Since it is the applications of number that make it important, the Formalists’ theory must be regarded as an unsatisfactory evasion.
 Source: My Philosophical Development, chap. 10:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第9章 「外界」 n.9

 私は上述の理論事実を説明する唯一の理論として、あるいはまた、必ずしも真なるものとして提出したのではなかった(注: necessarily 否定構文においては「必ずしも~ではない」 Learned men are not necessarily wise. 学者は必ずしも賢明とは限らない)。私はその理論(学説)を、それまでに知られていたあらゆる事実と一致しており、かつそれまでのところ、そのように主張してよい唯一の理論として、提出した(のである)。この点では、(注:諸事実と一致し主張できるという点では)、たとえばアインシュタインの一般相対性理論と同一水準のものである。そういった理論は、事実の証明しうる範囲を超えていても、その理論が難問を解決し、既知の諸事実といかなる点でも矛盾しないのであれば、少なくとも今のところは(pro tem.)、受けいれることができる(注:2つの文の接続詞は「and」であるが、ここは「しかも;ではあるが」の意味)。これが上述の理論のために私の主張(要求)するところの全てで、それはあらゆる科学的理論が当然主張(要求)すべきものと同程度のものである(以上のものではない)。  点を事象の集合として構成するホワイトヘッドの方法は、私が上の理論に到達するためにとても大きな助けとなった。けれども、事象(というもの)が、実際に、幾何学的な点について我々が期待するような特質を完全に具えている何ものかを構成するのに役立つかどうかは疑わしい、と私は考えている(lend themselves to ~に役立つ)。ホワイトヘッドは、あらゆる事象は有限な広がりをもつが、しかしひとつの事象のひろがりには極小(値)は存在しないと仮定(前提と)した。私は、どれもある一定の極小値より小さくないところの事象の集合から(幾何学的な)点を構成する方法を見つけた。しかしホワイトヘッドの方法も私の方法も、ある一定の前提(仮定)にもとづいてのみ有効となる。そういう前提(仮定)がなければ、非常に小さな領域には至ることはできても、(幾何学の)点に至ることはできないであろう。(注:幾何学における点は面積をもっていない!)上の説明では「点」と言うよりむしろ「極小の領域」と言ったのはこのためである。しかし、私は、このことが何か重大な相違を生じさせるとは考えない。
Chapter 9 The External World, n.9
I did not offer the above theory as the only theory which would explain the facts, or as necessarily true. I offered it as a theory which is consistent with all the known facts and as, so far, the only theory of which this can be said. In this respect it is on the same level as, for example, Einstein’s General Theory of Relativity. All such theories go beyond what the facts prove and are acceptable, at least pro tem., if they solve puzzles and are not at any point incompatible with known facts. This is what I claim for the above theory, and it is as much as any general scientific theory ought to claim. Whitehead’s method of constructing points as classes of events was a great help to me in arriving at the above theory. I think, however, that it is doubtful whether events do, in fact, lend themselves to the construction of anything having quite the characteristics that we expect of a geometrical point. Whitehead assumed that every event is of finite extent, but that there is no minimum to the extent of an event. I found a way of constructing a point out of classes of events none of which is smaller than an assigned minimum; but both his method and mine will only work on certain assumptions. Without these assumptions, although one can arrive at very small regions, one may be unable to arrive at points. It is for this reason that in the above account I have spoken of ‘minimal regions’ rather than points. I do not think that this makes any important difference.
 Source: My Philosophical Development, chap. 9:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第9章 「外界」 n.8

 前述したように(上で言及したように)、事象を(一つに)集めて束にするもうひとつの方法(やり方)がある。この方法においては、ひとつの物(thing もの)の「現われ」である全ての事象を集める代わりに、ひとつの物理的場所における「現われ」であるところの全ての事象を集める。(そうして)ひとつの物理的場所における事象の全体を,私はひとつの「パースペクティブ(視野)」と名付ける(名付けている)。一定の時刻における私の知覚(percepts)の全体はひとつのパースペクティブ(視野)を形づくる(訳注:これは私的なもの)。機器(instruments 器具)がある一定の場所で記録することができる全ての事象の全体もひとつのパースペクティブ(視野)を形づくる。前の(第一の)(事象の)束ね方では、我々は太陽の多くの「現われ」から成る(一つの)束を得た。しかし(この)第二の方法(事象の束ね方)では、ひとつの束は、その場所から知覚しうる各々の「物」のそれぞれの「現われ」と結びついている太陽のただひとつの「現われ」を含んでいるだけである。(事象の)束をつくるこの第二のやり方は、特に心理学において適切なやり方である。ひとつのパースペクティブ(視野)は、それがたまたまひとつの脳内(特定の個人の脳内)で起こる時は(happen to be)、その脳の持主である人間の持つその瞬間の知覚(percept)の全てからなっているであろう。これらすべてのパーセプト(知覚)は、物理学の見地から言えばひとつの場所にあるが、当のパースペクティブ(視野)内では空間的諸関係があり、それにより(そのせいで) 、物理学にとってはひとつの場所であるものが、三次元の複合体となる(訳注:前述の理由からです。)  ひとつの物(もの)について異なる人がもつ知覚(perceptions)の相違についての全ての難問(puzzles)、またひとつの物理的対象とそれの異なる場所における現われとの間にある因果関係についての難問、最後には(おそらくこれが最も重要であろうが)精神と物質との間の因果関係についての難問は、全てこの理論によって一掃される。それら難問は全て、与えられた知覚像に関係する三つの場所を区別しえなかったことによって引き起こされたものである。繰り返すと、その三つの場所とは、(1)物理的空間においてその「物(もの)」がある場所、(2)物理的空間において私のいる場所、(3)私のパースペクティブ(視野)の中で私のその知覚(像)(パーセプト)が他(者)の知覚(像)との関係において占める場所、(の3つ)である。

 Chapter 9 The External World, n.8
There is, as I remarked above, another way of collecting events into bundles. In this way, instead of collecting all the events which are appearances of one thing, we collect all the events which are appearances at one physical place. The whole of the events at one physical place, I call a ‘perspective’, ‘the total of my percepts at a given time constitutes one perspective. So does the total of all the events that instruments could record at a given place. In our previous way of making bundles, we had a bundle consisting of many appearances of the sun. But, in this second way, one bundle contains only one appearance of the sun associated with one appearance of each ‘thing’ that is perceptible from that place. It is this second way of making bundles that is especially appropriate in psychology. One perspective, when it happens to be in a brain, will consist of all the momentary percepts of the man whose brain is concerned. All these, from the standpoint of physics, are in one place, but, within the perspective concerned, there are spatial relations in virtue of which what was for physics one place becomes a three-dimensional complex. All the puzzles about the differences between different people’s perceptions of one thing, and about the causal relation between a physical thing and its appearances at different places, and, finally (perhaps most important of all), between mind and matter, are cleared away by this theory. The puzzles have all been caused by failure to distinguish the three places associated with any given percept which are (I repeat): (1) the place in physical space where the ‘thing’ is; (2) the place in physical space where I am; (3) the place in my perspective which my percept occupies in relation to other percepts.
 Source: My Philosophical Development, chap. 9:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第9章 「外界」 n.7

 この理論によれば(この理論では)、事象(event)を(一つの)束に集めるのに二つの方法(やり方)がある。(即ち)一方で(一つは)、ひとつの「もの(thing)」の現われと見ることができる全ての事象(event)をひとつの束にすることが可能である。たとえば、その(該当する)「もの」が太陽であるとしよう。するとまず、太陽を見ている人の持つあらゆる知覚像があり、次に、天文学者たちのそのときとりつつある(撮影しつつある)あらゆる写真があり、最後に、多様な場所でそれらの出来事(occurrences)を持つので(出来事が発生するので)、それによって(in virtue of それによって;そのおかげで)、それらの場所において(今はその場所にいないが、もしいたとすれば)太陽を見たり写真に取ったりすることが可能であろう。【みすず書房版の訳書で野田氏は、”event”も”ocurrence”も両方とも「出来事」と訳出している。大部分の場合はそれでよいであろうが、この段落のように、2つの言葉が同時に出てくる場合は、”event”は「事象」、”ocurrence”は「出来事」といったように訳し分けたほうがよいと思われる。】 この事象(event)の束の全体は、物理学の太陽(物理学が扱う太陽)と因果的に結合している。それらの事象(events)は、物理的空間において太陽のある場所から外側に向かって(outward)、光速度で前進する。それら事象(events)が太陽から進むにつれて(As)、それらの(事象の)性質は二つの仕方で変化する。第一は「規則的な」仕方と呼びうるものであり、逆二乗の法則に従って大きさと強度が減少することである。この種の変化は、相当正確な近似度で、空っぽの空間においてのみ起る。しかし、物質の存在する場所において太陽が示すところの様相は、その物質の性質によって異なった仕方で変化する。霧は太陽を赤く見えるようにし、薄い雲は太陽を曇らせ(薄暗くさせ)、全く不透明な物質は太陽を何ら現われをなくする。(私が「現われ(appearance)というとき、人々の見るところのものだけでなく、知覚者のいない場所において太陽との関係において起っている出来事も考えている)。そして中間に介在する媒体が、眼や視神経を含んでいる場合、その結果生ずる太陽の「現われ」が、誰かが(もしそこに誰かがいたとしたら)現実に見るところのものである。  ひとつの与えられた対象(物)の、異なる場所から見られる種々の現われは、それらが「規則的(regular)」であるかぎり、視覚的である場合は遠近法(laws of perspective)によって結びついており、眼以外の感覚によって認められる場合は、いくらか遠近法と似かよった法則によってむすびついている。(注:たとえば、音の場合は近くにある場合は大きく、遠くにある場合は小さく、聞こえるといったところか?)

Chapter 9 The External World, n.7 There are, in this theory, two ways of collecting events into bundles. On the one hand, you may make a bundle of all the events which can be considered as appearances of one ‘thing’. Suppose, for example, that the thing concerned is the sun. You have, to begin with, all the visual percepts of the people who are seeing the sun. Next, you have all the photographs of the sun that are being taken by astronomers. And lastly, you have all those occurrences at various places in virtue of which it would be possible to see or photograph the sun at those places. The whole of this bundle of events is causally connected with the sun of physics. The events proceed outward with the velocity of light from the place in physical space where the sun is. As they proceed outward from the sun, their character changes in two ways. There is first what may be called a ‘regular’ way, which consists of a diminution of size and intensity in accordance with the inverse square law. To a fairly close degree of approximation, this kind of change is alone operative in empty space. But the aspects presented by the sun in places where there is matter change in ways which depend upon the nature of the matter. Mist will make the sun look red, thin clouds will make it look dim, completely opaque matter will make it cease to present any appearance at all. (When I speak of ‘appearance’, I am not thinking only of what people see, but also of occurrences connected with the sun in places where there is no percipient.) When the intervening medium contains an eye and an optic nerve, the resulting appearance of the sun is what somebody actually sees. The appearances of a given object from different places, so long as they are ‘regular’, are connected by the laws of perspective when they are visual and by not wholly dissimilar laws when they are such as would be revealed by other senses.  
 Source: My Philosophical Development, chap. 9:1959.  
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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第9章 「外界」 n.6

 我々(人間)の外界の知識に関する理論における、いくつかの目新しい着想(novelties 目新しさ,新規性)が、1914年の1月1日に突然、私にパットひらめいた(burst on me 襲いかかる;私の上で破裂する)。それらのなかで最も重要なものは、空間は、単に三次元でなく(三次元からなっているのではなく)、六次元を持つという理論であった。(訳注:物理学の最先端の理論である超弦理論では世界は11次元からなっていると主張されている。興味のある方は「超弦理論」で検索してみてください。) 物理学の空間において一点とみなされるもの、あるいは、もっと正確に言うと、「最小領域」(注:空間としての最小単位)とみなされるものは(count as a point)、実は、それ自身、三次元の複合体であり、その一例が一人の人間のパーセプト(知覚像)の全体である、という結論に私は至った(導かれた)。いろいろな考察(considerations)により私はこの見解にたどり着いた(導かれた)。その中で恐らく最も説得力があるものは(cogent 説得力がある、納得できる)、生きた知覚者のいない場所で、もし人間がそこに居合わせたら知覚する(知覚できる)であろうような事物を記録する機器(器具)を製作できるだろうということである。写真乾板(a photographic plate )は星空(the starry heavens)の任意に選ばれた部分の写真(像)をつくり出すことができる。ディクタホン(注:テープレコーダとヘッドホンの組み合わせたもので、米国に深く浸透している録音機。教授が録音したテープを聞きながら、秘書がワープロに入力・文字化する機械)は、その機械のそばで人の話すことを録音できる(take down 書き取る)。このようにして、人が(その機械と)同じ位置にいたなら知覚するであろうことに似たような機械的記録を作りだせることには、理論的な制限はまたく存在しない。星空を写真にとるという事例が、関連していることを(全て)例証する、恐らく最もよい例であろう。いかなる星でも、人間の眼がそこにあればそれを見ることができるであろういかなる場所からでも、写真にとることが可能である。従って、写真乾板が設置される場所で、そこから(そこにおいて)写真に写しうる全ての異なる星々と結びついている,いろいろな物事が起っている、ということになる(It follows that ~ 当然~ということになる)。(また)物理空間のひとつのちっぽけな領域において、そこで人間が見ることができる、あるいは機器によって記録することができる,あらゆるものに対応した莫大な多様な出来事が、あらゆる瞬間に存在する、ということになる。さらに、これらの出来事は、相互に空間的関係をもち、それらの関係は、物理的空間においてそれら出来事に対応する諸対象と、多少とも、正確に、対応している。星々の写真にあらわれる複合的世界の全体は、その写真がとられる場所に存在するのであり、同様に、私の知覚像の複合的世界の全体は、私のいる(私が現在いる)場所に存在するのである。ただし、いずれも、物理学の見地から見てのことである。この理論によると、私が一つの星を見るとき、3つの場所が関係してくる。(即ち、)二つは物理的空間(注:公共空間)にあり、一つは私の私的空間にある。(即ち)物理的空間において星のある場所。物理的空間において私のいる場所、及び、私のもつ星の知覚像が私の他のさまざまな知覚像の間に存在する場所(の3つ)。

Chapter 9 The External World, n.6
There were several novelties in the theory as to our knowledge of the external world which burst upon me on New Year’s Day, 1914 . The most important of these was the theory that space has six dimensions and not only three. I came to the conclusion that what, in the space of physics, counts as a point, or, more exactly, as a ‘minimal region’, is really a three-dimensional complex of which the total of one man’s percepts is an instance. Various considerations led me to this view. Perhaps the most cogent is that instruments can be constructed which, at places where there are no living percipients, will make records of the sort of things that a man might perceive if he were at those places. A photographic plate can produce a picture of any selected portion of the starry heavens. A dictaphone can take down what people say in its neighbourhood. There is no theoretical limit to what can be done in this way to make mechanical records analogous to what a person would perceive if he were similarly situated. The case of photographing the starry heavens is perhaps the best for illustrating what is involved. Any star can be photographed at any place from which it would be visible if a human eye were there. It follows that, at the place where a photographic plate is put, things are happening which are connected with all the different stars that can be photographed there. It follows that in one tiny region of physical space there is at every moment a vast multiplicity of occurrences corresponding to all the things that could be seen there by a person or recorded by an instrument. These things, moreover, have spatial relations to each other which correspond more or less accurately with the correlated objects in physical space. The whole complex world that appears in a photograph of stars is at the place where the photograph is taken and, likewise, the whole complex world of my percepts is where I am — speaking, in each case, from the standpoint of physics. According to this theory, when I see a star, three places are involved: two in physical space and one in my private space. There is the place where the star is in physical space; there is the place where I am in physical space; and there is the place where my percept of the star is among my other percepts.
 Source: My Philosophical Development, chap. 9:1959.  
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