個人の諸欲求は,(似通ったものを)集めて幾つかのグループに分けることができる。欲求の各グループは,若干の心理学者が名付けているところの,「感情(情緒)」を構成する。政治的に重要な感情を(例に)とると,マイホームに対する愛(注:love of home/郷土愛は love for one’s hometown),家族愛,祖国愛,権力愛,楽しみに対する愛、その他がある。また,嫌悪感(嫌悪の感情)もある。たとえば,苦痛を恐れる感情,怠けたいという感情,外国人に対する嫌悪感,自分には異質な信条に対する憎悪,その他,がある。ある任意の瞬間におけるある人の感情は,その人の性質(人間性),過去の履歴,その人が現在置かれている環境(など)からできあがる複雑な産物である。各々の感情は,多くの人々が単独の時よりも人々が協力した時の方がより満足させることのできるもの(感情)であるかぎり,機会さえあれば,その感情を満足させるための一つあるいはそれ以上の組織体を作り出すであろう。たとえば家族感情をとってみよう。家族感情は,住居,教育,生命保険のための組織体を生み出してきた,あるいは生み出すのを助けてきており,これらのもの(住居,教育,生命保険)は,異なる家族の利益が調和する問題である。しかし,家族感情はまた、現在においてよりも,昔において、一つの家族の利益のために他の家族を犠牲にすることを申し立てる組織(体)も生んできた(注:But it has also — in the past more than in the present — given rise to organaizations の ‘It’ は前後関係からわかるように「家族感情」の意味であり,「家族感情」は良いものも悪いものも生み出してきたという文脈であるが,東宮氏は「’It’(単数形!)」を「組織体」と誤読したために、「しかしながらこのような組織体はまた同時に・・・犠牲にする組織をも生むことになった」と、「住居、教育、生命保険のための組織体(organizasions 複数形!であることに注意)がひどい組織体を生んできたといったひどい訳になってしまっている。)。たとえば、モンタギュー家及びキャビュレット家(の)それぞれの家臣たちの組織体である。王朝国家(注:王朝が支配する国家)もまたこの種の組織であった。貴族政体もまた,若干の家族が社会の他の人々を犠牲にして自分たちの特権を確保しようする組織体である。そういった組織体には,程度の差こそあれ,常に嫌悪の感情が伴っている。たとえば,恐怖心,憎悪,軽蔑,その他,の嫌悪感である。そのような感情が強く意識されている場合は,それらの感情は組織(体)の成長に対する障害となる。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.21 The desires of a individual can be collected into groups, each group constituting what some psychologists call a ‘sentiment’. There will be — to take politically important sentiments — love of home, of family, of country, love of power, love of enjoyment, and so on; there will also be sentiments of aversion, such as fear of pain, laziness, dislike of foreigners, hatred of alien creeds, and so on. A man’s sentiments at any given moment are a complicated product of his nature, his past history, and his present cirmstances. Each sentiment, in so far as it is one which many men can gratify co-operatively better than singly, will, given opportunity, generate one or more organizations designed for its gratification. Take, for example, family sentiment. This has given rise, or has helped to give rise, to organizations for housing, education, and life insurance, which are matters in which the interests of different families are in harmony. But it has also — in the past more than in the present — given rise to organaizations representing the interests of one family at the expense of others, such as those of the retainers of the Montagues and Capulets respectively. The dynastic State was an organization of this sort. Aristocracies are organizations of certain families to procure their own privileges at the expense of the rest of the community. Such organizations always involve, in a greater or less degree, sentiments of aversion : fear, hatred, contempt, and so on. Where such sentiments are strongly felt, they are an obstacle to the growth of organizations.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.20
異なってはいるが両立しないということはない(両立の可能性のある)目的をもった二つの組織体が,合体(coalesce 融合)して一つになる場合,その結果(できあがる組織体)は,合体以前のどちらか一つの場合よりも,また両者を(融合させず単純に)一緒にした場合よりも,ずっと強力なものとなる。第一次大戦以前,グレイト・ノーザン(鉄道)はロンドンからヨークまで運行しており,ノース・イースタン(鉄道)はヨークからニュー・カースルまで運行しており,ノース・ブリティッシュ(鉄道)はニュー・カースルからエジンバラまで運行していた。現在では L.N.E.R.(ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道)が全行程を運行しており,明らかにこれらの3つの会社を(そのまま)一緒にした以上のカをもっている(注:みすず書房版の東宮訳では,全て航空会社名として訳出されている。3つの航空会社がこんなに短い距離を飛んでいたことなどありえないと常識を働かせて気づくべきであった)。同様に,もし製鉄関連業全体が,選鉱(鉱石の抽出)から造船に至るまで,一つの法人の統制を受けることになれば,有利である。それゆえ,合併の傾向は自然に存在している。また,このことはただ経済分野において真実ということではない。このプロセス(過程)の論理的な結果は,最も強力な組織体-通例は国家-が他の全ての組織体を吸収するのに有利である。これと同じ傾向は,もし異なる諸国家がその国家目的が両立しえないものでない限り,やがては、一つの世界国家の創設へと導くであろう(注:EUのように国家連合が大きくなり、やがては「世界連邦政府」が誕生するであろうとの見通し/東宮氏は不注意にも「両立しえないものであるかぎり・・・一つの世界国家を生む・・・」と誤訳している)。諸国家の目的が,富、健康、知性、あるいは、市民の幸福(福祉)(の実現)にあるならば,相互の目的が両立しないということはまったくないであろう。しかし、これらの目的は -単独でも,集めて一緒でも- 国力(の増強)よりも重要度は少ないと(諸国家の為政者あるいは国民によって)考えられるので,相異なる国家の目的は衝突し,(国家の)融合によってこれを促進することはできない(注:国家目的が異なり、共通の目的がなければ世界国家の創設は無理ということ)。その結果,世界国家(の実現)は,もし実現するとしたら,どこかの一つの民族国家による世界征服を通してのみ,あるいは,最初に社会主義が,次に共産主義がそれらの初期の時代(草創期)にそうであると思われたような,国家主義を超える何らかの信条が世界中で広く採用されることを通してのみ、予想される(expected ×期待される)。 国家主義(ナショナリズム)に起因する国家の成長に対する制限は,政党政治と宗教の両方において見られる(発展に対する)制限の最も重要な例である。私は,本章において,組織体を,組織体の目的から独立した(影響を受けない)一つの生命体として扱うように努めてきた。ある点まではそれは可能だと留意することは重要だと考える。しかし、もちろん,それが可能なのはある点までのみである。その限界点を越えれば,その組織体が訴えかける強い感情(passion 情熱)について考慮する必要がある。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.20 When two organizations with different but not incompatible objects coalesce, the result is something more powerful than either previous one, or even both together. Before the War, the Great Northern went from London to York, the North Eastern from york to Newcastle, and the North British from Newcastle to Edinburgh; now the L.N.E.R. goes all the way, and is obviously stronger than the three older Companies put together. Similarly there is an advantage if the whole steel industry, from the extraction of the ore to ship-building, is controlled by one corporation. Hence there is a natural tendency to combination; and this is true not only in the economic sphere. The logical outcome of this process is for the most powerful organization, usually the state, to absorb all others. The same tendency would lead in time to the creation of one World-State, if the purposes of different States were not incompatible. If the purpose of States were the wealth, health, intelligence, or happiness of their citizens, there would be no incompatibility; but since these, singly and collectively, are thought less important than national power, the purposes of different States conflict, and cannot be furthered by amalgamation. Consequently a World-State is only to be expected, if at all, through the conquest of the world by some one national State, or through the universal adoption of some creed transcending nationalism, such as first socialism, and then communism seemed to be in their early days. The limitation to the growth of States owing to nationalism is the most important example of a limitation which may be seen also in party politics and in religion. I have been endeavouring, in this chapter, to treat organizations as having a life independent of their purpose. I think it important to note that, up to a point, this is possible; but of course it is only up to a point that it is possible. Beyond that point, it is necessary to consider the passion to which the organization appeals.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学
経済組織の規模の成長(拡大)は,マルクスに権力の力学に関する彼の見方を示唆した(思いつかせた)。この問題に関して彼の述べたことの多くは当っていることがわかった。しかしそれは,権力衝動にはけ口を与える組織体の全てにあてはまるものであり,ただ単に経済的機能をもった組織体にだけあてはまるものではなかった。組織体の規模の拡大の傾向は,生産においては,どこかの大国(注:some great State: State が単数形であることに注意)とその衛星諸国と同じだけの拡がりをもつトラスト(企業合同)を生じさせてきたが,軍需産業の以外では,世界的な規模をもつトラスト(企業合同)の形成にいたることはほとんどなかった(注:当時はまだ,現在のような地球的な広がりを持つ多国籍企業はできていなかった)。関税と植民地は,大企業(大財閥)(注:big busiiness 大規模な商取引及びそれを行う大企業)を国家と親密に結びついたものにしていった。経済分野における外国の征服は,当該トラスト(企業合同)が属する国家の軍事力に依存するものとなってきた(注:みすず書房版の東宮訳では nation 国家/国民国家を一貫して「国民」と訳しており,意味がとれなくなってしまっているところが少なくない)。大規模な商取引はもはや,限られた程度は別として,昔のような純粋の企業(間)競争という古いやり方で行われるものではない。イタリアとドイツでは,大企業と国家との関係は,民主主義国の場合よりも親密かつ明らかなものであるが,しかし,大企業(大財閥)は、ファシズム(全体主義体制下)において,イギリスやフランスやアメリカにおいてよりも,国家をより制御/支配していると想像することは間違いであろう。逆に,イタリアとドイツにおいては,国家は,大企業やそれ以外の全てのもの上に最高位のものとして自身をおくために,共産主義に対する恐怖を利用してきた。たとえば,イタリアにおいては,徹底的な資本課税(資本に対する課税)が導入されつつあるが,同一法規のもっとずっと穏やかな形を英国労働党が提出した際,資本家たちの怒り(怒号)を引きおこし,彼らの叫びは完全に成功した(撤回された)のである。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.19 The growth in the size of economic organizations suggested to Marx his views on the dynamics of power. Much of what he said on the subject has proved true, but is applicable to all organizations that give an outlet to power-impulses, not only to those that have economic functions. The tendency has been, in production, to give rise to trusts that are coextensive with some great State and its satellites, but seldom, outside the armament industry, to the formation of world-wide trusts. Tariffs and colonies have caused big business to be intimately associated with the State. Foreign conquest in the economic sphere has come to be dependent upon the military strength of the nation to which the trust in question belongs; it is no longer, except to a limited extent, conducted by the old methods of purely business competition. In Italy and Germany the relation between big business and the State is more intimate and obvious than in democratic countries, but it would be a mistake to suppose that big business, under Fascism, controls the State more than it does in England, France, or America. On the contrary, in Italy and Germany the state has used the fear of Communism to make itself supreme over big business as over everything else. For example, in Italy a very drastic capital levy is being introduced, whereas a much milder form of the same measure, when proposed by the British Labour Party, caused a capitalist outcry which was completely successful.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.18
しかし,全ての政党において組織化の程度(density 密度)は非常に増してきたけれども,その程度は,民主主義政党の間においては,共産主義者やファシスト(全体主義者)やナチスの間においてよりは,いまだはるかに小さい(注:あくまでも1938年の時点)。これらの3つ(共産主義者,全体主義者及びナチス)は,歴史的に言っても心理的に言っても,政党から発展したものではなく,秘密結社から発展したものである。独裁政権下では,何らかの急進的変革を目ざす者は,秘密厳守(secrecy)に駆り立てられ(driven to),また,彼らが結社をつくる時には裏切りの恐れから非常に厳格な規律(の実施/支配)へと導かれる。スパイに対する防衛手段という意味から,ある種の生活様式(way of life 生き方)を要求する(生活様式が必要となる)ことは自然である。リスク(の存在),秘密(厳守),現在の困苦(状態),未来における勝利の希望といったものが,準宗教的な高揚感を生み出し,この種の気分にすぐなる人を引きつける(のである)。それゆえに,革命的な(=革命をめざす)秘密社会/秘密団体(revolutionary secret society )の内部では,たとえその目ざすところが無政府主義であろうと,非常に厳しい専制政治及び,通常政治活動と考えられているものの域をはるかに超えて広がる監視(活動)が行われがちである。ナポレオン没落後のイタリアは秘密社会/秘密結社/秘密団体(secret societies)であふれかえり,あるものは革命理論によって,また,他の者は犯罪行為によって,秘密結社に惹きつけられた(のである)。これと同じことがテロリズムの発生とともにロシアにも起こった。ロシアの共産主義者もイタリアのファシスト(全体主義者)も,両方とも秘密結社/秘密団体の精神態度が深く染みこんでおり,ナチスは両者の上に模られ(モデルにして作りあげられ),ナチスの数名の指導者たちは政権を掌握すると,かつて自分たちの政党を支配していたときと同じ精神で国家を支配した。そして(この支配精神と)相関的な屈従の精神が,彼らに従う世界中の人々に対して要求されるのである。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.18 But although the density of organization in all political parties has greatly increased, it is still immeasurably less, in democratic parties, than among Communists, Fascists, and Nazis. These latter are a development, historically and psychologically, not of the political party, but of the secret society. Under an autocratic government, men who aim at any radical change are driven to secrecy, and, when they combine, fear of treachery leads to a very strict discipline. It is natural to demand a certain way of life, as a safeguard against spies. The risk, the secrecy, the present suffering, and the hope of future triumph, produce a quasi-religious exaltation, and attract those to whom this mood comes easily. Hence within a revolutionary secret society, even if its aim is anarchism, there is likely to be a very severe despotism, and a supervision extending far beyond what would usually be considered political activity. Italy after the fall of Napoleon became filled with secret societies, to which some were attracted by revolutionary theory and others by criminal practice. The same thing happened in Russia with the rise of terrorism. Both Russian communists and Italian Fascists were deeply impregnated with the mentality of the secret society, and the Nazis were modelled on them. when their several leaders acquired the government, they ruled the State in the same spirit in which they had formerly ruled their parties. And the correlative spirit of submission is demanded of their followers throughout the world.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.17
政党は,最近に至るまで,とても緩やかな組織(体)であり,そのメンバー(成員)の活動を統制しようとする試みはほとんどしてこなかった。19世紀全体を通して,国会議員はしばしば自分が所属している政党の指導者に反対票を投じており,その結果,(議会)採決の結果は今日よりもはるかに予知しがたいものであった。(注:みすず書房版の東宮訳では,「そのために議会「分野」の結果は今日・・・)となっており意味不明。divisions(採決) の意味をとりちがえたと思われる。)ウォルポールやノースや小ピットも,ある程度まで,賄賂(贈賄)によって自分の支持者をコントロールした。しかし,賄賂が減った後及び政治がまだ貴族的なものであった間は,政府も政党の指導者たちも効果的な圧力をかける方法がまったくなかった。今日(注:1938年頃),特に英国労働党においては党員は(労働党の)党是(orthodoxy 正説)に誓いをたてらされており,この誓いを守ることができないと,通常は,政治的な(政治家としての)失脚と財政的な損失の両方をもたらす(involves 伴う)。二種類の忠誠が要求される。(即ち)自分の意見を言う場合には党の綱領に対する忠誠が一つ;もう一つは,日々の行動における,自党の指導者に対する忠誠である。党の綱領は,名目的には民主的なやりかたで決定される。しかし(実際には)少数の黒幕(注:wire-pullers 操り人形師)による影響を非常に受けている。議会や政府の活動において、党の綱領を実施しようとするかどうかは,(党や政府の)指導者(たち)の決定に委ねられている。彼ら(指導者たち)が党の綱領を実施しないことを決意すれば,彼らの追従者は指導者の背信を投票で支持することが義務であり,一方,彼らは演説においては,背信など起こっていないと否定するのである。こういった制度こそ,(政府や政党の)指導者たちに一兵卒の支持者たち(注:役職についていない国会議員や党員)が反抗することを挫き(挫折させ),法律を(実際に)制定することなく改革を擁護する(改革を叫ぶ)権力を(指導者たちに)与えてきているのである。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.17 Political parties were, until recently, very loose organizations, which made only very slight attempts to control the activities of their members.Throughout the nineteenth century, Members of Parliament frequently voted against their Party leaders, with the consequence that the results of divisions were far more unpredictable than they are now. Walpole, North, and the younger Pitt controlled their supporters, to a certain extent, by means of corruption ; but after the diminution of corruption, and while politics was still aristocratic, governments and party leaders had no way of bringing effective pressure to bear. Now, especially in the Labour Party, men are pledged to orthodoxy, and failure to keep this pledge usually involves both political extinction and financia1 loss. Two kinds of loyalty are demanded : to the programme, in the opinions professed ; and to the leaders, in the action taken from day to day. The programme is decided in a manner which is nominally democratic, but is very much influenced by a small number of wire-pullers. It is left to the leaders to decide, in their parliamentary or governmental activities, whether they shall attempt to carry out the programme; if they decide not to do so, it is the duty of their followers to support their breach of faith by their votes, while denying, in their speeches, that it has taken place. It is this system that has given to leaders the power to thwart their rank-and-file supporters, and to advocate reforms without having to enact them.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.16
国家以外の組織体は(も),武力を使用できないこと以外は,大部分,我々がこれまで考察してきたものと同種の(諸)法則に支配されている。(なお)私は,クラブのような,権力衝動に’はけ口’をほとんど与えない組織(体)は考慮の外に置くことにする。我々の目的からいって最も重要なものは,政党,教会,事業法人である。大部分の教会は -教会の目的が実現するとはほとんど思っていなくても- 世界的規模となることを目ざす(ものである)。(また)教会の大部分は,自分たちの信者(成員)の最も私的な関心事について,たとえば結婚とか子どもの教育などについて,規制をしようと努める。それ(私的関心事への関与)が可能だということがわかると,教会は -チベット及びペテロ世襲領(the patrimony of St. Peter)において,またある程度まで,宗教改革に至るまでの西欧全体において- 国家の機能を奪ってきた。教会の権力衝動は,若干の例外を除いて,(権力衝動を発揮する)機会の欠如及び異端ないし(教会の)分裂という形での反抗に対する恐怖によってのみ限界をもうけられてきた。けれども,国家主義は,多くの国々において教会の権力を著しく減小させ,以前は宗教にはけ口を見出していた種々の(強い)感情を国家のほうに転移させた(向ける方向を変えさせた)*注。宗教のカの減少は,国家主義及び民族国家のカの増大の,一部は原因であり,一部は結果である。 (* 注)故人の A. S. ヘウィンズ(William Albert Samuel Hewins,1865-1931)は、ジョウゼフ・チェンバレン(1836-1914, 英国のグラッドストン内閣で通商大臣や自治大臣を務めた)が関税改正(論者)に転向するのを手助けしたが,彼は,自分の祖先は熱烈なローマン・カトリック教徒であったが,しかし,自分の気持は彼の祖先の気持が教会に結びついていたのと同じように大英帝国に結びついている,と私に語った。これは,右に述べた気持の展開の典型(的な一例)である。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.16 Organizations other than States are, in the main, subject to laws of the same kind as those that we have been considering, except that they cannot use force. I omit from consideration those that afford little outlet to power-impulses, such as clubs. The most important, for our purposes, are political parties, Churches, and business corporations. Most Churches aim at being world-wide, however little they may expect their aim to be realized; also most of them endeavour to regulate some of the most intimate concerns of their members, such as marriage and the education of children. When it has proved possible, Churches have usurped the functions of the State, as in Tibet and the patrimony of St. Peter, and to some extent throughout Western Europe until the Reformation. The power impulses of Churches, with some exceptions, have been limited only by lack of opportunity, and by the fear of revolt in the shape of heresy or schism. Nationalism, however, has greatly diminished their power in many countries, and has transferred to the State many emotions which formerly found their outlet in religion. (note: The late W. A. S. Hewins, who was instrumental in the conversion of Joseph Chamberlain to tariff reform, told me that his ancestors had been ardent Roman Catholics, but that his emotions attached themselves to the British Empire as theirs had to the Church. This was a typical development.) The diminution in the strength of religion is partly the cause and partly the effect of nationalism and the increased strength of national States.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.15
自立を愛することというのは,大部分の場合,外的な干渉を抽象的に嫌悪することではなく,政府が望ましいと考る何らかの形の統制 - (たとえば)酒類製造販売禁止(prohibition),徴兵制,国教信奉(religious conformity 英国国教会などの信奉)、その他、を嫌悪することである。時として,そういった(嫌悪)感情は,宣伝と教育によって徐々に克服されることがあるが,宣伝と教育は個人の自立に対する欲求を限りなく(indefinetely)弱めてゆくことができる。現代社会においては,多くの力 -(たとえば,)学校,新聞,映画,ラジオ,教練(反復練習),その他 - が,協同して,画一性(一様性)を作り出そうとする。人口密度(の高さ)も同様の効果をもつ。それゆえ,自立したいという感情と権力愛との間の一時的な均衡(状態)の位置は,現代の状況では,徐々に権力の方向に傾きがちであり,そうして(thus),全体主義国家の誕生と成功とを容易にする(のである)。教育によって,自立への愛は,現在,限界がわからないほど弱体化が可能である。どの程度まで国家の対内権力を,反乱を引き起こさずに徐々に増大してゆくことができるかについては,言うことは不可能であるが,しかし,時間さえ与えられればそのような国家の対内権力は,最も独裁的な国家が現在到達している点よりもはるかに越えて増大させることができることについては,疑問の余地がないように思われる。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.15 Love of independence is, in most cases, not an abstract dislike of external interference, but aversion from some one form of control which the government thinks desirable — prohibition, conscription, religious conformity, or what not. Sometimes such sentiments can be gradually overcome by propaganda and education, which can indefinitely weaken the desire for personal independence. Many forces conspire to make for uniformity in modern communities – schools, newspapers, cinema, radio, drill, etc. Density of population has the same effect. The position of momentary equilibrium between the sentiment of independence and the love of power tends, therefore, under modern conditions, to shift further and further in the direction of power, thus facilitating the creation and success of totalitarian States. By education, love of independence can be weakened to an extent to which, at present, no limits are known. How far the internal power of the State may be gradually increased without provoking revolt it is impossible to say; but there seems no reason to doubt that, given time, it can be increased far beyond the point at present
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.14
権力の密度,あるいは組織化の強度(といってもよいであろうが)に関して,そこに含まれている(諸)問題は,複碓かつ非常に重要である。国家は,すべての文明国において,昔と比較して今日,はるかに活動的である。(たとえば)ロシアやドイツやイタリア(注:第二次世界大戦直前の1938年の状況)においては,国家は殆んど全ての人間の関心事(人間に関わること)に干渉を加えている。人間は権力を愛するゆえに,平均して(概して),権力を勝ち取る人々は大部分の人々以上に権力を愛するゆえに,国家を支配統制する人々は,通常の状態では,自国の領土の増大を望むのと全く同じほどに,国内における諸活動の増大を望むものだと思ってよいであろう。(また)国家の機能を増大させるしっかりした理由が存在しているので,一般市民の側には,この点において,政府の意志に黙従する傾向があるであろう。けれども,自立に対する一定程度の欲求もあり,それがある点に達すると,少なくとも一時的には,組織化の強度がそれ以上増大することを阻止するほど強くなるであろう。従って,市民における自立への愛及び官公吏における権力愛は,組織化がある一定の強度に達すると,少なくとも一時的には平衡状態となるであろうし,組織化が増大すれば,自立に対する愛はより強力になり,もし組織化が減少すれば官僚の権力愛のほうが(相対的に)より強くなるであろう。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.14 As regards density of power, or intensity of organization (as it may also be called), the questions involved are complex and very important. The State, in every civilized country, is far more active now than at any former time; in Russia, Germany, and Italy it interferes in almost all human concerns. Since men love power, and since, on the average, those who achieve power love it more than most, the men who control the State may be expected, in normal circumstances, to desire an increase of its internal activities just as much as an increase of its territory. Since there are solid reasons for augmenting the functions of the State, there will be a predisposition, on the part of ordinary citizens, in favour of acquiescing in the wishes of the government in this respect. There is, however, a certain desire for independence, which will, at some point, become strong enough to prevent, at least temporarily, any further increase in the intensity of the organization. Consequently love of independence in the citizens and love of power in the officials will, when organization reaches a certain intensity, be in at least temporary equilibrium, so that if organization were increased love of independence would become the stronger force, and if it were diminished official love of power would be the stronger.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.13
(ここで)技術的な要因は遠隔地(at a distance 少し離れたところ)に対して国家権力をふるうことを容易にする方向にばかり働いてきた(作用してきた)わけではない,ということに気づくべきである。(即ち)いくつかの点で,技術的要因は逆の効果(結果)をもたらしてきた。ハンニバルの軍隊は,何年も兵站線(line of communications へいたんせん:本国と戦場を連絡する輸送連絡路)を塞いだままで(without keeping open ~ 開くことなく)生存してゆくこと(食いつないでゆく/食べてゆくこと)ができたが(注:敵に自軍の行動がすぐに伝わってしまうことがないため),他方,現代の大軍は,そのような条件では,2,3日も持ちこたえることはできないであろう。海軍も,(お互い)帆にたよっている限り,軍事行動は世界を股にかけるものであった(注:in their operations: operations と複数形になっていることに注意)。(これに対し)今日の海軍は,何度も燃料の補給をしなければならないので,どこかの基地を離れてそう長い間軍事行動をするわけにいかない。ネルソン(提督)の時代には,英国海軍が何処かの海を支配すれば(注:command ここでは「支配する」),それだけでもう世界中の海を支配することとなった(注:大洋は全てつながっているため)。今日の英国海軍は,本国水域を支配するカはもっているかもしれないが,極東では弱いし,バルチック海へはまったく近よることもできない。(注:英国の海軍力は強くなったが、他国も強くなったので、相対的に英国海軍の力は弱くなってしまった。) それにもかかわらず(以上のような例外はあるけれども),一般的な原理/原則は,昔にくらべて今日のほうが,中央から離れた地に(対して)権力をふるうことがより容易となっている。この結果,国家間の競争の激しさが増し,(競争による)勝利を(以前よりも)断乎たるものにした。それは,(勝利による)領土の拡大は,効率を損うことはないからである。世界国家(国家の統一による一つの世界国家)は,今日,技術的には可能であり,また,ある種の過酷な世界大戦での勝利国によって樹立されるかも知れないし、あるいはそれよりもっと可能性があるのは,最も強力な中立諸国による世界国家の樹立である。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.13 Technical causes, it should be observed, have not operated wholly in the direction of making it easier to exercise the power of the State at a distance; in some respects they have had the opposite effect. Hannibal’s army subsisted for many years without keeping open its line of communications, whereas a large modern army could not last more than two or three days in such conditions. Navies, so long as they depended upon sails, were world-wide in their operations ; now, since they must frequently refuel, they are unable to operate long at a distance from some base. In Nelson’s day, if the British commanded the seas in one region they commanded them everywhere ; now, though they may have command of the home waters, they are weak in the Far East, and have no access to the Baltic. Nevertheless, the broad rule is that it is easier now than in former days to exert power at a distance from the centre. The effect of this is to increase the intensity of competition between States, and to make victory more absolute, since the resulting increase of size need not impair efficiency. A World State is now a technical possibility, and might be established by a victor in some really serious world-war, or, more probably, by the most powerful of the neutrals.
出典: Power, 1938.
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第11章 組織体の生物学 n.12
メッセージの伝達の(絶対的な)迅速さだけが重要ではなく,メッセージが「人間が旅するよりも」速く移動する(travel 旅する)ということ(事実)も,いや,それがよりいっそう,重要である(注:abosolute rapidity 疑問の余地のない迅速性)。百年ちょっと前までは,メッセージも,それ以外の何でも,馬より速く移動することはできなかった。追い剥ぎ(highwayman )は(物取して)隣町へと逃れ,その犯罪のニュースが伝わらない内にその町に到着することができた。今日では,ニュースがまず伝わるので,逃亡は以前よりもずっと困難である。戦時中においては,あらゆる迅速な伝達手段は全て政府によって統制され(統制されるので),それによって政府の権力は非常に増大する。 現代の技術は -メッセージの伝達の迅速性を通してだけでなく,鉄道や電信や自動車輸送や政府の宣伝なども通して- 昔よりもずっと大規模な帝国に安定を与えることを可能にしてきている。(これに対し)古代ペルシャ帝国の地方総督や古代ローマ帝国の地方総督は容易に反乱を起こせる自立性を十分持っていた。アレクサンダー大王の帝国も大王の死と共に瓦解した。アッテイラやジンギス汗の帝国もつかのまのものであった。ヨーロッパの諸国家も新世界における所有物(アメリカ大陸その他)の大部分を失った。しかし,現代の技術を備えた大部分の帝国は,外部からの攻撃を受けたとき以外はかなり安全であり,革命は,敗戦後に予想されるだけである(戦争に敗れなければ革命は起こりそうもない)。
Chapter XI: The Biology of Organizations, n.12
It is not only the absolute rapidity in the transmission of messages that is important, but also, and still more, the fact that messages travel faster than human beings. Until little over a hundred years ago, neither messages nor anything else could travel faster than a horse. A highwayman could escape to a neighbouring town, and reach it before the news of his crime. Now-a-days, since news arrives first, escape is more difficult. In time of war all rapid means of communication are controlled by governments, and this greatly increases their power. Modern technique, not only through the rapidity in the transmission of messages, but also through railways, telegraph, motor traffic, and governmental propaganda, has made large empires much more capable of stability than they were in former times. Persian satraps and Roman proconsuls had enough independence to make rebellion easy. Alexander’s empire fell apart at his death. The empires of Attila and Jenghis Khan were transitory; and the nations of Europe lost most of their possessions in the New World. But with modern technique most empires are fairly safe except against external attack, and revolution is only to be expected after defeat in war. 出典: Power, 1938.
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