個人に価値がなければ,個人の集まりである集団(国家など)にも価値はない

 私はカーライルの英雄崇拝に賛成するなどと言おうとしているのではありませんし,ましてや,ニーチェによる英雄崇拝の誇張にはもっと賛成しかねます。
私は,一瞬たりとも,普通の人間が重要でないとか,人間集団の研究は注目すべき個人の研究ほど追求する価値はないと示唆したいと望んではいません。ただ,両者のバランスを保ちたいだけです。
私は非凡な個人は歴史を形成するのに大きな役割をしてきたと信じています。仮に,17世紀の百人の最も有能な科学者が全員幼児期に死んでいたら,あらゆる産業化された(工業化された)社会の普通の人間の生活は,現在と全く異なっていたでしょう。もし,シェークスピアやミルトンが実在しなかったら,他の誰かが彼らの(彼らと同等の)著作を創作しただろうとは思いません。それにもかかわらず,それは,「科学的な」歴史家たちの中のいくらかが(世間の)人たちに信じさせたいと望んでいるように思われることなのです。
個人を強調する人(歴史家)に賛成して,もう一歩論をすすめましょう。
人事(=人間社会の諸々の事柄)において最も知られる価値があり,最も称賛すべきことは,社会よりもむしろ個人に関係したものである,と私は考えます。(数人の集団があるとして)その集団に含まれる数人の個々人を越えた価値をその人間集団(自体)が独立して持っている,とは私は信じません(注:個人にまず価値がなければ,個人の集まりである集団にも価値はない,ということ/たとえば,国家があってこその個人ではなく,個人があってこその国家)。歴史(書)が国家や,民族,教会,あるいは他の集団的実体を讃美するために個人の価値を無視することは危険であると考えます。しかし,政治(の問題)に引き込まれないようにしたいので,このテーマにこれ以上深入りしないことにします。

I do not mean to subscribe to Carlyle’s cult of heroes, still less to Nietzsche’s exaggeration of it. I do not wish for one moment to suggest that the common man is unimportant, or that the study of masses of men is less worth pursuing than the study of notable individuals. I wish only to preserve a balance between the two. I believe that remarkable individuals have done a great deal to mold history. I think that, if the hundred ablest men of science of the seventeenth century had all died in infancy, the life of the common man in every industrial community would now be quite different from what it is. I do not think that if Shakespeare and Milton had not existed someone else would have composed their works. And yet this is the sort of thing that some “scientific” historians seem to wish one to believe.
I will go a step farther in agreement with those who emphasize the individual. I think that what is most worthy to be known and admired in human affairs has to do with individuals rather than with communities. I do not believe in the independent value of a collection of human beings over and above the value contained in their several lives, and I think it is dangerous if history neglects individual value in order to glorify a state, a nation, a church, or any other such collective entity. But I will not pursue this theme farther for fear of being led into politics.
出典:Bertrand Russell : History as an art (1954)
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/1057_HasA-160.HTM

<寸言>
人は英雄崇拝をしたり,その反対に集団(特に国家)を崇拝したりと、極端に走りやすい。大切なのは個人と集団とをバランスをとること。個人に価値がなければ,個人の集まりである集団(国家など)にも価値はない。支配者になったり、権力者になったりすると、自分が属する(自分が支配あるいは権力を持つ)集団を過大に重視しがちであるが、国家(社会全体)あっての個人という思想には少数支配をカモフラージュしようとする心理が隠れている場合がほとんどである。