世界的な「学級崩壊」 - XX first(◯◯ファースト流行り)

私は,人類の文明改善され続けると考えたいが,時々起こるように,まったく逆の考えにとらわれると憂鬱になる。(しかし)今日,当面の見通しが幾分暗い時には,より遠い将来のことを考えると,しばしば元気づけられる

I like to think that civilisation will continue to improve, and the opposite thought when it comes, as it sometimes will, is depressing. In these days, when the immediate outlook is somewhat gloomy, the thought of a more distant future is often cheering.
出典: Taking long views,Mar. 30,1932. In Mortals and Others, v.1, 1975.]
詳細情報:http://russell-j.com/LONGVIEW.HTM
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 <寸言>
どこの国でも,どこの地域でも,「◯◯ファースト」と言っておけば人気がとれるようになってしまった。一見、大衆に呼びかけているように見えてそうでない場合が多い。「アメリカ・ファースト」と愛国心をあおっているトランプも、以前は「自分の会社ファースト」であった。トランプはビジネスに明るいと言っても,他社を出し抜いて自社の利益を最大化するのと、一国全体を繁栄させるのとはかなり異なっている

一転,世界全体で見れば、他国は他社であり、自国(自社)の利益を第一に考えて力で他国(他社)をねじ伏せて従わせようとすれば、アメリカに短期間の繁栄をもたらすであろうが、数年すれば世界に大きな被害を与えることになるであろう。

どこの国も「◯◯ファースト」とさけんで腕力でみずからの欲求を通そうとしていったら、弱肉強食の世界になるだけであり、弱小国のなかの弱者はテロリストとなって、強国(強者)に復讐をすることになるのではないか?
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繊細な感受性は「競争におけるハンディキャップ?」

Trump_luxuary 若者の精神を形成する影響力のある大部分のもの(人やメディア)によって,金銭面での成功の理想像が若者の前に示される。映画では,若者たちは贅沢を表現したものを見る。金持ちは大理石の大広間を持っており,大広間には華麗な衣装をまとった美女が集まっている。映画の主人公は,たいてい,最後には成功した階級の仲間入りを成就する。芸術家でさえ,稼いだ金額で判断されるようになる。金銭で計れない価値は,見下されるようになる。あらゆる感受性は,競争におけるハンディキャップであるため,失敗の烙印(焼印)と見なされる

The ideal of financial success is set before the young by most of the influences that form their minds. In the cinema they see representations of luxury, where plutocrats own marble halls and beautiful ladies in splendid dresses. The hero generally succeeds, in the end, in belonging to this successful class. Even artists come to be judged by the amount of money they make. Merit not measured in money comes to be despised. Every kind of sensitiveness, being a handicap in the struggle, is regarded as a stigma of failure.
出典:ラッセル『アメリカン・エッセイ集』の中の「希望と恐怖」
詳細情報:http://russell-j.com/HOPEFEAR.HTM

<寸言>
知性や感性よりも「意志の力」が重視され,あらゆるものが,金銭の尺度ではかられる現代世界・・・。

VIRTUE 最近の日本の若い人は無駄使いしない人が増えているとのことで,その点は高度成長期の少し傲慢な大人よりはまともだと思われる。ただし,政治においては保守党や保守主義を支持する若者が多いようであり,ジャーナリズムやマスコミの権力に対する弱腰批判精神の欠如)に危機感を覚えていないのは残念というか,なげかわしい。

金から得たいものは他人に対する優越感ではなく「安心して楽しめる余暇」

trump-home 私はと言えば,私が金から得たいと思うものは,「安心して楽しめる余暇」である。ところが,典型的な現代人が金で手に入れたがっているものは,もっと金をもうけることであり,なんのためかといえば,人に見せびらかし,豪勢さほこり,これまで対等であった人たちを追い越すことである。アメリカの社会的階級(階層)は,段階が不明確で,絶えず変動している。その結果,社会的な序列が固定化しているところよりも俗物根性がおさまらない(血が騒ぐ)ことになる

For my part, the thing that I would wish to obtain from money would be leisure with security. But what the typical modern man desires to get with it is more money, with a view to ostentation, splendour, and the outshining of those who have hitherto been his equals. The social scale in America is indefinite and continually fluctuating. Consequently all the snobbish emotions become more restless than they are where the social order is fixed, …
出典:ラッセル『幸福論』第3章「競争」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA13-030.HTM

<寸言>
ラッセルは,続けて次のように書いています。

michibata_nenshu5000man 金はそれ自体では人間を ‘立派’ にするに十分でないが,金なしに’立派’になることはむずかしい。その上,もうけた金の額が一般に,頭のよさの尺度とされている。金をたくさんもうける人間は’賢く’,もうけない人間は賢くない,とされる。だれだって愚かだとは思われたくない。そこで,株式市場が不安定な状態になると,人は試験中の子供のような気むずかしい気持ちになる

「ウィン、ウィンの関係?」-犠牲者はいないかのごとく・・・

competition-tor-survival それゆえ,人びとが生存競争という言葉で意味しているものは,実際は,成功のための競争にほかならない。この競争に参加しているとき,人びとが恐れているのは,明日の朝食にありつけないのではないか,ということではなくて,隣人に勝る(勝つ)ことができないのではないか,ということ(恐れ)である。

What people mean, therefore, by the struggle for life is really the struggle for success. What people fear when they engage in the struggle is not that they will fail to get their breakfast next morning, but that they will fail to outshine their neighbours.
出典:ラッセル『幸福論』第3章「競争」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA13-010.HTM

<寸言>
3-Outcome-of-Conflict 勝者がいれば敗者も必ず多数でてきます。よく「ウィン・ウィンの関係」を築くことの重要性を強調する人が少なくないですが,過当競争によって,多数の犠牲者や敗者が出ることに目をつぶっていることに対する「煙幕」や」免罪符」にもなっています。「勝ち組」とか「負け組」とかいう言葉を無神経な人が少なくないのも残念です。

ラッセルのこの文章の少し前に,こう書かれています。

「さて,ビジネスマンが”生存競争”と言うとき,彼が言おうとしているのは,そういうことではない。”生存競争“というのは,本質的に些細な事柄をもったいつけるために見つけた不正確な言いまわしである。」

人の振り見て我が振り直せ One man’s fault is another’s lesson.

kuchi-ni-chakku 最も親しい友人までが、自分(あなた)をからかって、機知をきかせて皮肉を言って楽しむ傾向があることを初めて知ると、そのような経験は非常に辛いものであり、本人も他人に対し同様のことをよくやっていることに気づいていても、ひどく立腹する。しかし、少し経験や反省をすれば、自分だけが例外でありまた自分の欠点を他人から笑われないことを期待することはできない(虫がよすぎる)と、誰もが確信するだろう。

The first time one learns that one’s best friends are liable to be wittily satirical at one’s expense, the experience is very painful, and one feels furious in spite of the consciousness of often having done the ame thing oneself; but a little experience and a little reflection will convince anybody that he cannot hope to be an exception and to have none of his foibles ever laughed at.
出典:ラッセル『アメリカン・エッセイ』の中の「嫉妬について」
詳細情報:http://russell-j.com/JEALOUS.HTM

<寸言>
人の振り見て我が振り直せ
同じことをやっているというこたがわかれば,お互い非難し合うことが少なくなり,お互いが楽になる。

若い時に満たされなかった欲求の穴埋めのために・・・

gluttony-oogui  不幸な人間の典型は、若いときに何らかの正常な満足を奪われたため、その一種類の満足を他の何よりも価値があると思うようになり、それゆえ、自分の人生に一方的な方向性を与え、その目的に関連した活動ではなく、その目的の達成のみをまったく不当に強調するようになった人である。
The typical unhappy man is one who, having been deprived in youth of some normal satisfaction, has come to value this one kind of satisfaction more than any other, and has therefore given to his life a one-sided direction, together with a quite undue emphasis upon the achievement as opposed to the activities connected with it.
出典:The Conquest of Happiness, 1930, chapt.2:
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA11-040.HTM

<寸言>

Cartoon boss man looking greedily at a pair of money bags.
Cartoon boss man looking greedily at a pair of money bags.

若い人にはいろいろな可能性(あくまでも「可能性」)があります。驚くほど成長する人もあれば,神童だと言われてた人が面白みのない凡人になってしまうこともあります。
他人がどのようなものを偏愛しようがどうでもいいことかも知れないですが,家族がある場合はそうも言っていられません。なんらかのものに偏執的な愛着を覚える場合は,その原因をじっくり反省したほうがよさそうです。
過度な飲酒博打大食漢稼ぎを無視した高額商品買い,常に興奮を求めること,その他いろいろ・・・。

孤独だったラッセルが自分の子どもを持つことになり感じた幸福感

(以下は,1920年秋から1921年夏までの間、ラッセルが北京大学客員教授として北京にいっていた時にインフルエンザにかかり、生死をさまよった時の経験です。下の記事は、日本の新聞記者が誤解して打電した「ラッセル氏逝く」の誤報です。)

R-GOHO・・・。私は,自分が生き残っただけでなく,子供を持つことになったことがわかると,回復期間中,もろもろの一連の軽い病気を併発していたにもかかわらず,自分が回復の途上にあるということにはまったく無頓着になった。主要な病名は,両側肺炎であったが,それに加えて心臓病,腎臓病,赤痢,静脈炎併発していた。けれども,そのいずれも,私の申し分のない幸福感を妨げることはなかった。そうして,これらあらゆる陰気な徴侯にもかかわらず,回復後は,いかなる悪い影響も後に残らなかった。
もう死なないということを感じながらベットに横たわっていることは,驚くほど愉快なことであった。その時まで私は,自分は根本においては悲観的な人間であり,生きていることに大きな価値をおいていない,と常に想っていた。しかしそのように考えることは完全な間違いであり,人生は無限に甘美なものだということを,私は発見した。

<寸言>
ラッセルが命をとりとめたのは,皮肉なことに,ラッセルがあまりよく思っていなかったロックフェラーが北京に設立した血清研究所のおかげであった。

幼い時に両親が亡くなり、自分は生涯,幸福になれないだろうとずっと思っていたラッセル。しかし、ラッセルは、異郷の地で病床にあっても、恋人のドーラが妊娠して自分にも子供を持てることがわかり、50歳近くになって初めて幸福感にひたることができた。
1911年秋以降、(初婚相手の)アリスとは別居していたが、当時の英国の法律では、どちらかに結婚生活を継続できない重大な事実(違反)がない限り、離婚ができなかった。しかし、日本経由で帰国が、「不倫の罪で」晴れて離婚が成立し、ドーラと再婚できることになった。

広大な風景に接することで幸福を感じるラッセル

私は広大な地平線や視界を遮るものがない日没の光景を見慣れて成長した。そのため,それ以来ずっと,その両方なしではけっして幸福に暮らすことはできなかった。

I grew accustomed to wide horizons and to an unimpeded view of the sunset. And I have never since been able to live happily without both.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 1, 1967
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB11-040.HTM

<寸言>
ラッセルは田舎が好きだったが,それは祖父の屋敷であるペンブローク・ロッジでの暮らしによって培われたものと思われる。ペンブローク・ロッジには11エーカに庭がついており、その西側から(現在のヒースロー空港に向けて)広大な景色が望めた。Beacon Hill School (ラッセルが一時期経営した幼児学校)からも,ラッセルが晩年に住んだ自宅(Pras Penrhyn)からも広大な景色が望めた。贅沢な望みだとも言えるが・・・。
2枚の広大な風景を臨む写真をご覧ください。

1)ラッセルが3歳から18歳まですんだ屋敷(Pembroke Lodge)の庭から西側(ヒースロー空港側)を臨む
http://russell-j.com/cool/MATU04.HTM
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2)晩年に住んだ北ウェールズの自宅(Plas Penryhn)の庭から西側(ポートマドック方面)を臨む
http://russell-j.com/cool/MAKINO05.HTM
PLAS05

「この紙の裏面に述べられていることは誤りである。また,・・・」

BR-REVRS・・・。本質的にエピメニデスの矛盾と同様の矛盾は,「この紙の裏面に述べられていることは誤りである。」と書かれた紙を人に渡すことによって創り出せる。その人が今度はその紙を裏返せば,紙の裏面には,「この紙の裏面(即ちさきほどの表面)に書かれていることは正しい」と書いてあるのを発見する。
大人がそのようなとるに足らないことに時間を費やす価値はないように思われたが,しかしそれなら私は一体何をすればよかったのか。そのような矛盾が通常の(正規の)諸前提から避けられないのであるなら,何かがまちがっていたのである。つまらないものであろうとなかろうと,この問題は(私に対する)1つの挑戦であった。

A contradiction essentially similar to that of Epimenides can be created by giving a person a piece of paper on which is written: ‘The statement on the other side of this paper is false.’ The person turns the paper over, and finds on the other side: ‘The statement on the other side of this paper is true’. It seemed unworthy of a grown man to spend his time on such trivialities, but what was I to do? There was something wrong, since such contradictions were unavoidable on ordinary premisses. Trivial or not, the matter was a challenge.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 6: Principia Mathematica, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB16-050.HTM

<寸言>
「人生は矛盾に満ちたものだ」という言い方があり,そういったことがわかって人間は大人になることができると’したり顔‘で言うことがある。心理的な矛盾や(論理的でない)ジレンマであればそういった態度もよいであろうが、論理的矛盾はそういうことでは処理できない。論理的矛盾からはいかなるものも(どんな間違ったものでも)導出することができ、論理学そのものや人間の理性が否定されてしまう
もちろん、人間が飲食し、住まいを確保し、家庭をつくっていくなど、論理学はなくてもひとつの生物として生きていくことは出きるが、間の理性に価値を見出そうとしている人間にとっては(無視できない)解決すべき大きな問題となる。

法律を破らないと「共犯の罪」を犯すことになるかもしれないような事態

とにかく,アメリカにおいて,(米国の)体制(側)の権力を例証するとても興味深い事件は,クロウド・イーザリー(Claude Eatherly, 1918-1978)の事件である。彼は,広島に爆弾を投下するための信号を送った。彼の事件は,また,現代世界においては,法律を破ることによってのみ兇暴な罪を犯すことを免れることができるという事態が,しばしば起こることを例証している。彼は,その爆弾がどのような効果をもたらすか告げられていなかった。そうして,彼の行為の結果がわかった時,彼は全く恐れおののいた。
彼は,核兵器の残酷さに注意を喚起するために,また,もし彼がそうしなかったら,彼を押しつぶしてしまうであろう罪を償うために,長年に渡り,多様な市民的不服従運動に献身した。米当局(政府・国防省その他)は,彼は気が狂った者として考えられるべきだと決定し,また,著しく政府(権力)に従順な精神病学者たちのグループが,その公式見解を裏書した(支持した)
イーザリーは,後悔したために,精神に異常があると証明された。(これに対し),トルーマン(大統領)は後悔しなかったので,精神に異常があるとは証明されなかった。私は,彼の動機を説明するかなり多数のイーザリーの声明文を読んできた。これらの声明文は,全く正常なものである。しかし,私自身を含めて,ほとんどすべての者が彼は気が狂ってしまったと信じたほど,虚偽の宣伝の力は大きかった。
Eatherly por Miguel Brieva
An extraordinarily interesting case which illustrates the power of the Establishment, at any rate in America, is that of Claude Eatherly, who gave the signal for the dropping of the bomb at Hiroshima. His case also illustrates that in the modern world it often happens that only by breaking the law can a man escape from committing atrocious crimes. He was not told what the bomb would do and was utterly horrified when he discovered the consequences of his act. He devoted himself throughout many years to various kinds of civil disobedience with a view to calling attention to the atrocity of nuclear weapons and to expiating the sense of guilt which, if he did not act, would weigh him down. The Authorities decided that he was to be considered mad, and a board of remarkably conformist psychiatrists endorsed that official view. Eatherly was repentant and certified; Truman was unrepentant and uncertified. I have seen a number of Eatherly’s statements explaining his motives. These statements are entirely sane. But such is the power of mendacious publicity that almost everyone, including myself, believed that he had become a lunatic.
出典: Has Man a Future? (1961),chap.4.
詳細情報:http://russell-j.com/cool/58T-0401.HTM

<寸言> (再掲)
国家を支配する権力は強大である。一般人が言ったことであれば無視されたり、訴えられたりすることも、大統領や首相になれば無視できず、反論を押さえつけることができる。
トランプ次期大統領Twitter で自分の言いたいことを言い、企業や国家を自分の思う方向に誘導しようとすれば、通常は訴えられてしかるべきである。つまり法の下の平等があるはずであるが、実際はそうはなっていない。確かに訴えることはできるが、大統領を訴えて勝訴するためには、非常にたくさんの支援者と莫大な訴訟関連費用が必要となる。普通の人間にそんなことはできない。
そのことは、かなり影響力の程度は下がるとしても日本の首相に対してもも当てはまる。

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