ラッセル『結婚論』第三章「家父長制度」n.3:祖先崇拝と(男系)世襲制度

第三章 家父長制度 n.3

 父親たちは,父性というもの(父性という事実が存在すること)を発見したので,(地球上の)あらゆる場所で,この事実を最大限に利用しはじめた(利用へと進んだ)。文明の歴史,主として父親の権力(父権)が徐々に衰えていった記録(=歴史)であり,大部分の文明国においては,父親の権力(父権)は,歴史的記録が始まる(有史時代の始まりの)直前に最高点に達した(のであった)。祖先崇拝は,中国や日本では現代まで続いてきているが,これは,初期の文明の普遍的な特徴(特質)であったと思われる。父親は,子供に対して絶対的な権力を持っており,ローマで見られたように,多くの場合,生殺与奪権にまで及んでいた。娘は,文明諸国を通して(いたることろで),息子は,非常に多くの国において,父親の同意(承諾)なしに結婚することはできなかったし,父親が娘や息子の結婚相手を決めるのは普通であった。女性は,生涯のいかなる時期においても,自立(独立)した生活をすることがなく,最初は父親に,続いて夫に従った(のである)。

(だが)それと同時に,年配の女性(婦人)は,家庭内ではほぼ専制的な権力を行使することができた。彼女(年とった女性)の息子や嫁は,皆一つ屋根の下に住み,嫁は完全にその老婦人に従属していた。中国では,今日にいたるまで(注:本書『結婚論』の出版は1929年であり,ラッセルは1920年から1921年まで中国の北京大学の客員教授であった。),若い嫁が姑による虐待によって自殺に追い込まれることが稀ではない。そして,いまだに中国で見られることは,ヨーロッパやアジアの文明化した地域の至るところで,ごく最近まで普遍的に見られたことにすぎない。イエス・キリストが,私が(この世に)やってきたのは,息子を父親に,嫁を姑に刃向かわせるためであると言った時,彼は極東で今なお見られる(見いだせる),まさしくこういった家庭のことを考えていたのである。父親が最初に,自分の優れた力で獲得した権力は,宗教によって強化された。そして,宗教は,その大部分の形式において,神(gods 神々)は政府(Government 統治する者)の味方であるという信仰である,と定義できる

祖先崇拝,あるいはそれに類似したものは,非常に広範囲に行われていた。キリスト教の宗教理念(思想)には,すでに見たように,父性の威厳が充満している。君主制や貴族制度の社会組織や相続制度は,どこを見ても,(男系の)世襲制度(paternal system)に基づいていた。古代では,経済的動機がこの制度をささえていた。創世記を見ると,男たちがどんなに多くの子孫をほしがっていたか,また,多くの子孫ができると,それがどんなに有利であったかがわかる。息子が殖えることは,羊や牛の群れが殖えることと同様に有利なことであった。それこそが,当時,エホバが人間に「産めよ! 増やせよ!」と命じた理由であった。

Chapter III Patriarchal Systems, n.3

Fathers, having discovered the fact of their existence, proceeded everywhere to exploit it to the uttermost. The history of civilization is mainly a record of the gradual decay of paternal power, which reached its maximum, in most civilized countries, just before the beginning of historical records. Ancestor worship, which has lasted to our own day in China and Japan, appears to have been a universal characteristic of early civilization. A father had absolute power over his children, extending in many cases, as in Rome, to life and death. Daughters throughout civilization, and sons in a great many countries, could not marry without their fathers’ consent, and it was usual for the father to decide whom they should marry. A woman had in no period of her life any independent existence, being subject first to her father and then to her husband. At the same time an old woman could exercise almost despotic power within the household; her sons and their wives all lived under the same roof with her, and her daughters-in-law were completely subject to her. Down to the present day in China it is not unknown for young married women to be driven to suicide by the persecution of their mothers-in-law, and what can still be seen in China is only what was universal throughout the civilized parts of Europe and Asia until very recent times. When Christ said he was come to set the son against the father and the daughter-in-law against the mother-in-law, He was thinking of just such households as one still finds in the Far East. The power which the father acquired in the first instance by his superior strength was reinforced by religion, which may in most of its forms be defined as the belief that the gods are on the side of the Government. Ancestor worship, or something analogous, prevailed very widely. The religious ideas of Christianity, as we have already seen, are impregnated with the majesty of fatherhood. The monarchic and aristocratic organization of society and the system of inheritance were based everywhere upon paternal system. In early days economic motives upheld this system. One sees in Genesis how men desired a numerous progeny, and how advantageous it was to them when they had it. Multiplication of sons was as advantageous as multiplication of flocks and herds. That was why in those days Yahveh ordered men to increase and multiply.
出典: Marriage and Morals, 1929.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM03-030.HTM

<寸言>

人種はいろいろあるが、もとはと言えば「人類はみな兄弟」。アダムとイブの物語の神話を持ち出すまでもなく、人類学、いや、DNAの研究から、そのことがわかる。アフリカでチンパンジーから枝分かれし進化したヒトは、ユーラシア大陸、ベーリング海をへてアメリカ大陸を渡るなどして、世界中に分散していった。白人と黒人とではまったく別の種であるかのように錯覚するが、実際は、長い年月をかけて、気候風土などの影響を受けて変わっていったにすぎない。
世界中で王権神授説的な話が創作され、支配者の権力は神から与えられたものだという偽装が行われてきた。日本でも同様にして天皇制が創られた。
しかし、科学が進んだ現代でも、人類は神によって創造されたのであり、自分たちは選ばれた民族だと信じたい人々がけっこういる。米国では進化論を信じないひとがけっこういるし、日本では天皇をいまだ神格化するとともに、日本民族は最優秀の民族であり、世界を支配する権利や義務があると思っている人さえ存在している。