事実と真理,現実と虚構 -幼年期における空想を殺してはならない!

Michael-Ende 真理と事実とを混同する(区別しない)のは,危険な誤りである。私たちの人生は,事実によって支配されるだけではなく,希望によっても支配されている。(即ち)事実のほかは何も見ないような正直さは,人間の精神にとって牢獄である。夢が非難に値するのは,現実を変えようとする努力の怠惰な代用品となっている場合のみである。(即ち)夢が刺激剤になっている場合は,人間の理想を具体化する上で(夢は)極めて重要な効果(目的)を果たしているのである。幼年期における空想を殺すことは,現実への奴隷,すなわち,地上につながれ,そのために天国を創造することのできない人間を作ることである。

imprisoned-heart-facebookIt is a dangerous error to confound truth with matter-of-fact. Our life is governed not only by facts, but by hopes ; the kind of truthfulness which sees nothing but facts is a prison for the human spirit. Dreams are only to be condemned when they are a lazy substitute for an effort to change reality; when they are an incentive, they are fulfilling a vital purpose in the incarnation of human ideals. To kill fancy in childhood is to make a slave to what exists, a creature tethered to earth and therefore unable to create heaven.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 5: Play and fancy.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE05-060.HTM

[寸言]
大人にあっては,夢も大事であるがそれ以上に事実認識が大事なことが少なくない。事実に目をそらした判断や行動はとても危険である。
しかし、事実をあまり知らない、また理解力がまだ乏しい子どもにあっては、事実を知ることと同様に空想によって夢をふくらませることは同様に重要である。即ち、大人の感覚のみで、「幼年期の空想を殺す」ことは子どもを現実への奴隷とし、想像力の乏しい人間(大人)をつくりかねない,とのラッセルの指摘。