「教育の推進力」を個々人の「自発的願望」に置きたいのだが・・・

VIRTUE-238x300 歩いたり話したりしようとする努力において示されているように,正常な子供が皆持っている’学びたいという自発的な願望’が,教育の推進力とならなければならない。この推進力を’むち’に代替させたことは,現代の大きな進歩の一つである。

The spontaneous wish to learn, which every normal child possesses, as shown in its efforts to walk and talk, should be the driving-force in education. The substitution of this driving-force for the rod is one of the great advances of our time.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, chap. 1: Postulates of Modern Educational Theory
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE01-120.HTM

[寸言]
empathy-good-manners 現代の国家は,「鞭」による教育はほとんどの国でやめ,「飴と鞭」の教育政策に移行している。外から「飴や鞭」を与えるのではなく、「個人の自発性をのばす」教育政策をとっている国は、残念ながらほどんど存在していない。主権国家がなくなり(廃藩置県にならって、「廃」主権国家「置」世界連邦政府」を断行しない限り、それは「絵に描いた餅」にすぎないかもしれない。