生活必需品に対する欲求,所有欲,競争心,虚栄心,権勢欲

 政治的に重要な欲求は,(重要性)第一のグループと(重要性)第二のグループとに分けてもよいでしょう。第一のグループ生活必需品 -食糧,住居,衣服(いわゆる,衣食住) - が含まれます(入ります)。これらのものが不足すると,それらを確保しようと望んで、人間がなす努力にはまったく限りがなく,あるいは,彼らが見せる暴力にも限りがありません。古代史の研究者によれば,アラビアにおいて隔てた時期に起きた4回の干ばつは,アラビアの住民を近隣の地域に流失させ,それは,政治的,文化的,宗教的に,甚大な影響を与えました。4回の干ばつの最後のもの(4回目の干ばつ)の時に,イスラムの興隆がありました。ロシア南部に起こったゲルマン民族が次第に広がって英国にいたり,そこからサン・フランシスコにまで達したのにも同様な(いくつかの)動機がありました(注:言うまでもなく,英国からサン・フランシスコに直接達したというのではなく、英国から米大陸の東海岸のプリマスに上陸し、西部開拓によってサン・フランシスコまで達した、ということ)。疑いもなく,食糧に対する欲求は過去においても,また現在においても,大きな政治的出来事の主な原因の一つです。
 しかし,人間は一つの非常に重大な点において他の動物たちと異なっていますが,それは人間には,言わば,無限の欲求があり,それらの欲求は決して十分には満足させることができず,天国でさえも人間をそわそわさせておく,ということです。王蛇(注: boa constrictor 王蛇,大蛇)は十分食事をしたら眠り,次の食事が必要になるまでは目を醒ましません。(しかし)人間は,大部分の場合,そうではありません。少しばかりのなつめやしの実(注:’dates‘ この場合は ‘date’ は「日付」ではなく「ナツメヤシの実」であることに注意)を食べてつつましく日々暮らしていたアラビア人が東口ーマ帝国の富を獲得し,ほとんど信じられないくらい贅沢な宮殿に住んでいた時,それだからといって(もう満足したということで)不活発にはなることはありませんでした。(そこでは)空腹はもはや動機にはなりえませんでした。なぜなら,(彼らアラビア人が)ちょっとうなずいて合図するだけ、,(アラビア人が征服した)ギリシア人の奴隷がおいしい食物を運んできたからです。しかし,他の欲求が彼ら(征服者であるアラビア人)を活発にさせました。その欲求には,特に四種類があり,我々はそれらを,所有欲,競争心,虚栄心,権勢欲と名づけることができます。

The desires that are politically important may be divided into a primary and a secondary group. In the primary group come the necessities of life: food and shelter and clothing. When these things become very scarce, there is no limit to the efforts that men will make, or to the violence that they will display, in the hope of securing them. It is said by students of the earliest history that, on four separate occasions, drought in Arabia caused the population of that country to overflow into surrounding regions, with immense effects, political, cultural, and religious. The last of these four occasions was the rise of Islam. The gradual spread of Germanic tribes from southern Russia to England, and thence to San Francisco, had similar motives. Undoubtedly the desire for food has been, and still is, one of the main causes of great political events.
But man differs from other animals in one very important respect, and that is that he has some desires which are, so to speak, infinite, which can never be fully gratified, and which would keep him restless even in Paradise. The boa constrictor, when he has had an adequate meal, goes to sleep, and does not wake until he needs another meal. Human beings, for the most part, are not like this. When the Arabs, who had been used to living sparingly on a few dates, acquired the riches of the Eastern Roman Empire, and dwelt in palaces of almost unbelievable luxury, they did not, on that account, become inactive. Hunger could no longer be a motive, for Greek slaves supplied them with exquisite viands at the slightest nod. But other desires kept them active: four in particular, which we can label acquisitiveness, rivalry, vanity, and love of power.
出典:Bertrand Russell: What Desires Are Politically Important? 1950
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/0944WDPI-030.HTM

<寸言>
世界史(歴史)は,単に権力闘争として見るのではなく,人間の諸欲求(生活必需品に対する欲求,所有欲,競争心,虚栄心,権勢欲)との関係で見ると、いろいろなことが解釈でき、味わい深くなる。