今は昔 -ラッセル『結婚論』は不道徳な書物として非難される

MARIAGE 1929年に,私は『結婚と(性)道徳』を出版した。この本は,私が百日咳から回復しつつある時期に’口述’したものである。年のせいで,その病気を診断してもらわないうちに,学校のほとんどの児童に感染してしまった。(松下注:成人の場合はかかっても軽症のため,診断が見逃され易く,菌の供給源となって乳幼児への感染源となるとのことです。) 1940年にニューヨークにいた私に対する攻撃材料を提供したのは,主にこの本であった。本書において私は,完全な貞節というものはほとんどの結婚において期待できないが,婚外の恋愛が生じたとしても,夫婦は良い関係を維持できなければならない,という見解を展開した。だが私は,もしも妻がその夫が父でないところの子供を一人あるいは複数持ったしても有益な状態で長続きさせることができるとは主張しなかった。そのような場合は,離婚する方が望ましいと考えた。(松下注:ドーラは別の男性との間に子供をつくったため,ラッセルはドーラと離婚することになる。) 結婚の問題について現在どう考えているか,自分でもはっきりしない。結婚に関する一般理論は全て,克服できない反対意見があるように思える。多分,離婚を容易ならしめる方が,他のどんな制度よりも不幸を少なくしてくれるだろう。しかし,私はもはや結婚問題について独断的な意見を持つことはできない。

In 1929, I published Marriage and Morals, which I dictated while recovering from whooping-cough. (Owing to my age, my trouble was not diagnosed until I had infected most of the children in the school.) It was this book chiefly which, in 1940, supplied material for the attack on me in New York. In it, I developed the view that complete fidelity was not to be expected in most marriages, but that a husband and wife ought to be able to remain good friends in spite of affairs. I did not maintain, however, that a marriage could with advantage be prolonged if the wife had a child or children of whom the husband was not the father; in that case, I thought, divorce was desirable. I do not know what I think now about the subject of marriage. There seem to be insuperable objections to every general theory about it. Perhaps easy divorce causes less unhappiness than any other system, but I am no longer capable of being dogmatic on the subject of marriage.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2 chap. 4:Second Marriage, 1968]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB24-100.HTM

[寸言]
ラッセルが1929年Marriage and Morals(結婚と性道徳、いわゆる『結婚論』)を出した時、当時としては過激な書物として、多くの非難を受けた。1940年ニューヨーク市立大学教授として教鞭をとることが内定していたが、ニューヨークに住む一キリスト教徒から,ラッセルは不道徳な人間なので公立大学の教員としてふさわしくない(採用取り消しをせよ)という訴えが出され、(同じくカトリック教徒の)裁判官により、ラッセルの任用は取り消せられることになる。
br_bronz-medal しかし、戦後世界は激変し、ラッセルの主張の半分以上は、今や一般市民の常識となっており、『結婚論』や『西洋哲学史』などの、自由を守るための執筆活動を称えられ、1950年にはノーベル文学賞を受賞している。
つまり、当時の多数意見は現在では少数意見となっているが、このように、少数意見が多数意見になることによって大きな進歩がなされているのである。従って、多数意見は間違っている場合が多いということを肝に銘ずるべきであろう。