ラッセル『権力-その歴史と心理』第6章 むきだしの権力 n.31

奴隷貿易・奴隷売買で富を築いたナント市(フランス)の金持ちたち

 人間(人類)の歴史において,非常に忌むべき行為(注:abominations 複数形であることに注意)の大部分はむきだしの権力と関連している。それは,戦争と結びついたものだけでなく,たとえ戦争ほど目覚ましくはなくとも戦争と同じくらい恐るべき行為と関連している(if = even if)。(たとえば)奴隷制度と奴隷売買コンゴにおける搾取
(注:ベルギーの植民地下のコンゴにおいては,住民は象牙やゴムの採集を強制されていて,規定の量に到達できないと手足を切断するという残虐な刑罰が容赦なく科され,圧制と搾取が行われていた。/因みに,みすず書房版の東宮訳では「コンゴ族の搾取」と誤訳されている。)
産業主義(革命時代)初期にあった(数々の)恐るぺき出来事児童虐待司法拷問(注:正当に公認の職員によって行われた拷問),(過酷な)刑法,監獄(牢獄),救貧院(workhouses),宗教上の迫害ユダヤ民族に対する虐待専制君主の無慈悲で軽薄な行為,今日(注:執筆当時)のドイツおよびロシアにおける政敵に対する信じられない取扱い--これら全ては,無防備な(抵抗する力を持っていない)犠牲者(餌食)に対するむきだしの権力の使用例である。

 伝統に深く根ざしている多くの不正な権力の形態は,一時期はむきだしなものであったはずである(であったにちがいない)。キリスト教徒の妻は,何世紀にもわたって夫に服従してきたが,その理由は聖パウロがそうせよと言ったからである。しかし,ジェイソンとメデアの物語は,聖パウロの教義(妻は夫に服従)が女性一般に受けいれる以前に,男性が経験しなければならなかった苦労(諸困難)を例証している(よく示している)。(訳注:「ジェイソンとメデアの物語」はギリシア神話のなかの一つで,ジェイソンの妻メディアの残酷さを描いた一話。詳しくは、次のページ「> 帰国後のジェイソンとメディア」を参照。
http://palladion.fantasia.to/003-RAY2/010ARGONAUTES09.html )

Chapter VI: Naked Power, n.31

Most of the great abominations in human history are connected with naked power–not only those associated with war, but others equally terrible if less spectacular. Slavery and the slave trade, the exploitation of the Congo, the horrors of early industrialism, cruelty to children, judicial torture, the criminal law, prisons, workhouses, religious persecution, the atrocious treatment of the Jews, the merciless frivolities of despots, the unbelievable iniquity of the treatment of political opponents in Germany and Russia at the present day–all these are examples of the use of naked power against defenceless victims.
Many forms of unjust power which are deeply rooted in tradition must at one time have been naked. Christian wives, for many centuries, obeyed their husbands because St. Paul said they should; but the story of Jason and Medea illustrates the difficulties that men must have had before St. Paul’s doctrine was generally accepted by women.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER06_310.HTM