地理と歴史は,私が幼い頃,あらゆる教科(科目)の中で最もまずく教えられていた教科に属していた。私は,地理の授業(lesson)をひどく恐れていた。(注:ラッセルは,幼稚園には通ったが,また,ケンブリッジ大学入学直前に受験速成熟には入ったが,それ以外はまったく学校教育を受けず,★多数の家庭教師によって教育を受けている。従って,lesson を「授業」と訳すのではなく,「勉強」と意訳したほうがよいかも知れない。)
歴史の授業に我慢できたのは(我慢できたとしたら),ずっとかわらず歴史が大好きであったためにほかならない。(地理と歴史の)どちらの教科も,(やり方によっては)ごく幼い子供にも,とても興味のあるものにすることが可能であろう。私の小さい息子は,地理の授業(lesson 教え)を受けたことがないのに,既に地理については保母(注:岩波文庫の安藤訳では nurse を「乳母」と訳しているが,乳を飲む年齢ではないであろうことから「保母」と訳したほうがよいであろう。ただし、乳母は保母を兼用しているようであるが・・・。) よりもずっと多くの知識を持っている。息子は,少年ならみなそうであるように,列車や汽船(蒸気船)が大好きであり,それらに対する愛を通して,地理の知識を獲得していた(のである)。息子は,自分の空想上の汽船(蒸気船)がこれから乗り出そうとする航路(journey 旅程)について知りたがる。そこで,私が中国への旅程(the stages of the journey 日程や寄港地など)について話している間,耳を傾けて聞いている。その後,息子が望むなら,航海途上(寄港地)のいろんな国の写真(pictures)を見せてあげる。息子は,時々大型の世界地図帳(Atlas)を書棚から取り出して地図上で旅の行程(journey)を見ると言い張る(ことがある)。息子は年に2回ロンドンとコーンウォール間を列車で旅行するが,彼はこの旅行にとても興味をもっており,列車が停まったり客車が切り離されたりする駅を全て知っている。息子は,北極と南極に心を惹かれていて,東極とか西極とかがないことを不思議に思っている(注:地球が地軸を中心に自転していることを知らない幼児にとっては素朴な疑問と思われる。地球が回転していなければ,北極や南極があるように,西にまっすぐすすめば西極があるはずだと考えるのも理解できる。)。息子は,フランスやスペインやアメリカが(英国から)海を越えてどの方角にあるかを知っているし,これらの国々でなにが見られるかについても,いろいろと知っている。これらの知識は,どれ一つとして,教えられたものではなく,全て強い好奇心に対する回答として得られたものである。ほとんどの子供は,地理を旅行の観念と結びつけてあげれば,すぐに地理に興味を持つようになる。私は,地理を,一部は写真や旅行者の話によって教えるとしても,大部分は,旅行者が旅行中に見るものを上演する映画によって教えたい。地理的な事実についての知識は,有益ではあるが,本質的な知的価値を持つものではない。しかし,地理が写真によって生き生きしたものになれば,想像力を養う糧を与えるというメリットがある。世界には,暑い国,寒い国,平野の多い国,山の多い国があり,また,白人のほかにも,黒人,黄色人種,褐色人種,赤色人種(赤色インディアン)がいることを知ることは,良いことである。この種の知識は,自分が慣れ親しんだ環境がその人の想像力に対して圧政をもたらすことを減らしてくれるし,おとなになってから,遠い国々は本当に存在すると感じることを可能にしてくれる。そうでなければ,そのように感じることは,(実際に)旅行してみる以外には,きわめて困難である。
以上のような理由で,私は,ごく幼い子供たちを教育するにあたっては,地理に重要な地位を与えたい。もしも,子供たちが地理を楽しんで勉強しないとしたら,私は驚くであろう。その後(映画を十分見せた後),私は,子供たちに,世界のさまざまな地域に関する写真や地図や初歩的な知識を収録した本を与え,いろいろな国の特異性について短いエッセーをまとめさせるだろう。
Geography and history were, when I was young, among the worst taught of all subjects. I dreaded the geography lesson, and if I tolerated the history lesson, it was only because I have always had a passion for history. Both subjects might be made fascinating to quite young children. My little boy, though he has never had a lesson, already knows far more geography than his nurse. He has acquired his knowledge through the love of trains and steamers which he shares with all boys. He wants to know of journeys that his imaginary steamers are to make, and he listens with the closest attention while I tell him the stages of the journey to China. Then, if he wishes it, I show him pictures of the various countries on the way. Sometimes he insists upon pulling out the big Atlas and looking at the journey on the map. The journey between London and Cornwall in the train, which he makes twice a year, interests him passionately, and he knows all the stations where the train stops or where carriages are slipped. He is fascinated by the North Pole and the South Pole, and puzzled because there is no East Pole or West Pole. He knows the directions of France and Spain and America over the sea, and a good deal about what is to be seen in those countries. None of this has come by way of instruction, but all in response to an eager curiosity. Almost every child becomes interested in geography as soon as it is associated with the idea of travel. I should teach geography partly by pictures and tales about travellers, but mainly by the cinema, showing what the traveller sees on his journey. The knowledge of geographical facts is useful, but without intrinsic intellectual value ; when, however, geography is made vivid by pictures, it has the merit of giving food for imagination. It is good to know that there are hot countries and cold countries, flat countries and mountainous countries, black men, yellow men, brown men, and red men, as well as white men. This kind of knowledge diminishes the tyranny of familiar surroundings over the imagination, and makes it possible in later life to feel that distant countries really exist, which otherwise is very difficult except by travelling. For these reasons I should give geography a large place in the teaching of very young children, and I should be astonished if they did not enjoy the subject. Later on, I should give them books with pictures, maps, and elementary information about different parts of the world, and get them to put together little essays about the peculiarities of various countries.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 15: The school curriculum before fourteen
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/OE15-030.HTM
<寸言>
小学校低学年なら、子どもはみんな興味を持って歴史や地理の学習をするが、中学に進めば、生徒の興味を中心とした教育が少なくなり、また受験の影が立ち込めてきて、本来興味を引くはずの歴史や地理も(というよりも勉強が)嫌いな子どもがしだいに増えていく。