革命直後のロシア(1920年)-アストラハンの場合


[以下は,1920年に、革命直後のロシアに,英国労働党代表団に同行して訪問した時のラッセルの思い出です。]

Astrakan-now_google アストラハン(右写真:Astrakhan/ヴォルガ川下流域デルタに位置するアストラハン地方の首都でカスピ海岸から約90kmのところにある。/出典:Google map)  は,私がそれまでに想像したいかなるものよりもひどい地獄のようなところだと思われた。その町の給水は,アストラハンに入ってくる船舶が廃棄物を捨てる川の場所と同じところからとられていた。どの通りにも腐敗した泥水がたまり,それが何百万という蚊を繁殖させた。毎年,住民の三分の一がマラリアにかかった。下水道システム(排水処理システム)がまったくなく,街の真ん中の目立つ場所に,排泄物(糞便)の山ができていた。ペストが風土病のように流行していた。。我々がアストラハンに到着した少し前に,デニキン(Anton Ivanovich Denikin, 1872-1947:ロシア反革命軍の指導者)に叛逆する内乱が起こり,戦闘が行われていた。蝿がとてつもなくたくさん飛んでいたために,食事時には,食べ物の上にテーブル・クロースをかけ,そうしてテーブルクロスの下に手を入れて,一口分の食べものをすばやく取り出さなければならなかった。テーブル・クロースが落ちるやいなや,蝿がたかって完全に真黒になり,そのため食べ物は何一つ見えなくなった。アストラハンの土地は,海面よりもかなり低く,気温は日陰でも華氏120度(注:摂氏になおすと48.9度)もあった。

Fly_4Astrakan seemed to me more like hell than anything I had ever imagined. The town water-supply was taken from the same part of the river into which ships shot their refuse. Every street had stagnant water which bred millions of mosquitoes; every year one third of the inhabitants had malaria. There was no drainage system, but a vast mountain of excrement at a prominent place in the middle of the town. Plague was endemic. There had recently been fighting in the civil war against Denikin. The flies were so numerous that at meal-time a table-cloth had to be put over the food, and one had to insert one’s hand underneath and snatch a mouthful quickly. The instant the table-cloth was put down, it became completely black with flies, so that nothing of it remained visible. The place is a great deal below sea-level, and the temperature was 120 degrees in the shade.
[From: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2 chap. 2:Russia, 1968]
https://russell-j.com/beginner/AB22-150.HTM

[寸言]
革命直後のロシアの現状を知りたいと、英国労働党の代表団に同行したラッセル。最初はロシアに希望を見出そうとして訪問(レーニンとも会見)したが、実際目撃したのは、ロシアの厳しい現実・現状であった。

TP-PTB 英国帰国後、ロシア共産主義(Bolshevism)の理論と実際(やロシアの現状)についてありのままに書くことを決意。それが 1920年に出された The Practice and Theory of Bolshevism (みすず書房版の邦訳書名『ロシア共産主義』)であり、ロシア共産主義の問題点をはっきりと指摘したために、ロシア革命シンパから大きな非難を浴びた。

ラッセルは(穏健な)社会主義者であったが、そうであるからこそ、権力の問題を甘く見ているロシア共産主義(ボルシェヴィズム)の誤りを指摘せずるを得なかったのである。即ち、資本主義であろうと、社会主義あるいは共産主義であろうと、権力の問題(権力は必ず腐敗するので監視が必要)を重大に考えない政治理論は大きな欠陥があると、明確に自覚していたのである。

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