若い時の「知的野望」


Berlin_Tiergarten この時期に私の知的野望が形成されつつあった。私は,職業をもたないで,著述に専念しようと決心した。私は,初春のある寒い晴天の日(1895年=ラッセル23歳になる数カ月前)に,一人で(ベルリンの)ティーアガルテン(写真は Tiergarten :ベルリンにある210ヘクタールもの大公園)の中を散歩している時に,将来の仕事の構想をたてたことを記憶している。私は,純粋数学から生理学までの,諸科学の原理に関する一連の著作と,さらに社会問題に関する別系統の一連の著作を執筆しようと考えた。私は,これら2つの著作(群)は,最終的には,科学的であると同時に実際的なものに統合化できるだろうと思った。私の計画は,へーゲルの考え方から大きな示唆をうけていた。(ヘーゲルはしばらくして捨てたが)それでもやはり,後年,--とにかく見込みのあるかぎりは--ある程度までその計画に従った。私の(研究上の)目的とするところに関しては,その時は,重要な時期であり,形成期であった。

INDECENCDuring this time my intellectual ambitions were taking shape. I resolved not to adopt a profession, but to devote myself to writing. I remember a cold, bright day in early spring when I walked by myself in the Tiergarten, and made projects of future work. I thought that I would write one series of books on the philosophy of the sciences from pure mathematics to physiology, and another series of books on social questions. I hoped that the two series might ultimately meet in a synthesis at once scientific and practical. My scheme was largely inspired by Hegelian ideas. Nevertheless, I have to some extent followed it in later years, as much at any rate as could have been expected. The moment was an important and formative one as regards my purposes.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 5: First marriage, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB15-030.HTM

[寸言]
80歳の誕生日に際して(また『ラッセル自伝』でもほぼ同じく)、ラッセルは次のように回想している。

 私の仕事は終りに近づいており、それを全体として見渡すことができる時がきている。どの程度私は成功し、どの程度失敗したのか? 私は,若い時から,偉大かつ困難な仕事に自らを捧げた(捧げている)と自任していた。61年前(注:1895年始め/
本エッセイは最初1952年に出され,1956年に単行本 Portraits From Memory and Other Essays に収録された。即ち,初出の1952年から見れば57年前が正解)、冷たく光り輝く3月の太陽のもとで溶け始めた雪の中(雪を踏みながら),ティーアガルテンの中を一人で歩きながら、私は二系列の本を書こうと決意した。(即ち)一方は,抽象的な本(著作)で次第に具体的になってゆくもの(の一連の著作)、他方は,具体的な本(著作)で次第に抽象的になってゆくもの(の一連の著作)であった。それらは純粋な理論を実際的な社会哲学と結びつけた一つの総合(統合)によって有終の美を飾るはずであった。いまだ実現できていない総合を除いて、私はこれらの本を書いてきた。それらの著作は喝采かつ称賛されてきた。また、多くの男女の思考はそれらの著作の影響を受けてきた。この範囲において私は成功してきた。・・・。

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