若い時に、帝国主義者(ボーア戦争支持)から平和主義者に転向


Boer-War_Churchill 1899年の秋,ボーア戦争が勃発した。当時私は,自由主義的帝国主義者(a Liberal Imperialist)であり,当初はまったくボーア人(ブール人)に味方しなかった(注:Liberal Imperialism:19世紀イギリスの’自由主義的帝国主義’。市場を開かない国は,力によって開国させ,自由と文明を世界に広める。ブッシュ大統領とブレア首相は,現代における新自由主義的帝国主義者と揶揄されていた)。英国の敗戦が大変心配であり,そのために,戦争のニュース以外は何も考えることができなかった。私たち(注:ラッセル夫妻)は,ミルハンガー(注:英国の田舎)で碁らしていたので,大ていの午後,夕刊を手に入れるために,私はいつも4マイルの距離を駅まで歩いた。アリス(注:初婚の相手)は,アメリカ人であったので,この問題について,私と同じ感情を共有しておらず,私が夢中になっているのでかなりいらいらしていた。ボーア人が負けはじめると,私の関心はしだいに薄くなっていき,そうして1901年の初め(ラッセル28歳の時)には,私は,ボーア人の味方になっていた(注:つまり、帝国主義者ではなく、平和主義者に変わっていた)。

In the autumn of 1899 the Boer War broke out. I was at that time a Liberal Imperialist, and at first by no means a pro-Boer. British defeats caused me much anxiety, and I could think of nothing else but the war news. We were living at The Millhanger, and I used most afternoons to walk the four miles to the station in order to get an evening paper. Alys, being American, did not have the same feelings in the matter, and was rather annoyed by my absorption in it. When the Boers began to be defeated, my interest grew less, and early in 1901 I became a pro-Boer.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 5: First marriage, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB15-220.HTM

[寸言}
* Bore War, 1899-1902:ブール戦争とも言う.アフリカ大陸南部にあったトランスヴァール共和国とオレンジ自由国に対するイギリスの侵略戦争後にイギリス首相となるウィンストン・チャーチル(1874-1965)も捕虜となったが脱走(添付写真参照)。英国はボーア人の住む両国を占領して植民地とし, 1910年に,’南アフリカ連邦’を建国

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