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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.17

(三) フランス市民革命とナショナリズム(続き)

 個人主義は,論理的にも歴史的にもプロテスタンティズム(清教徒主義)と関係をもっていることは明らかであり,プロテスタンティズム(清教徒主義)は,権力を握るとしばしば自らの教義(説)を放棄したが,神学的領域においてはそれらの教義を主張した。個人主義は,プロテスタンティズム(清教徒主義)を通して,初期キリスト教とつながり,同時に,(初期キリスト教の)非キリスト教国家に対する敵意ともつながっている。個人主義は,また,個人の魂に関心をもっていることから,キリスト教といっそう深いつながりがある。キリスト教倫理によれば,いかなる国家的必要性も(必要性があったとしても),当局(authorities 官憲)が人に罪深い行為を強いることは正当化できない。カトリック教会は,結婚の当事者のどちらかが強制下にある場合には,その結婚は無効であると考えている(holds 考えを抱いている。迫害においても,この説(教義)は,なお(still あいかわらず)個人主義的(なもの)である。(即ち)(異教徒)迫害の目的は,個々の異端者を変説(異教信仰撤回)させたり懺悔させたりするためであり,社会に利益を及ぼすためではない(のである)。各々の人間はそれぞれが一つの目的であるというカントの原理は,キリスト教の教えに由来している。カトリック教会においては,教会が権力を握った期間が長かったために,初期キリスト教の個人主義をいくらか曖昧なものにしてしまった。しかし,新教(プロテスタント)は,特にその極端なほうの形態では,この個人主議を復活させ,これを政治理論(統治理論)に適用した。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.17

III. The French Revolution and Nationalism.(continued)

Individualism has obvious logical and historical relations to Protestantism, which asserted its doctrines in the theological sphere, although it often abandoned them when it acquired power. Through Protestantism, there is a connection with early Christianity, and with its hostility to the pagan State. There is also a deeper connection with Christianity, owing to its concern with the individual soul. According to Christian ethics, no State necessity can justify the authorities in compelling a man to perform a sinful action. The Church holds that a marriage is null if either party is subject to compulsion. Even in persecution the theory is still individualistic: the purpose is to lead the individual heretic to recantation and repentance, rather than to effect a benefit to the community. Kant’s principle, that each man is an end in himself, is derived from Christian teaching. In the Catholic Church, a long career of power had somewhat obscured the individualism of early Christianity; but Protestantism, especially in its more extreme forms, revived it, and applied it to the theory of government.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.16

(三) フランス市民革命とナショナリズム(続き)

France French Revolution Civil War Equality Freedom

 この天賦人権説が,その起源及びその(背景にある)感情からいっても,反政府的なものであることは明らかである。専制政治の被統治者(subject 対象者)は(ならば),自分は好きなように自分の宗教を選ぶ自由を持っているべきであり,何ら官僚的な干渉を受けずに,全て合法的に自分の商売をやる自由を持っているべきであり,好きなところ(場所)で結婚する自由を持っているべきであり,外国(人)の支配に対して抵抗する自由を持っているべきである,という考えを抱いている。政府の決議が必要な場合には,それらの決議は多数による決定かあるいは(国民の/多数者の)代表者たちによる決定であるべきであり,君主や僧侶のような恣意的かつ単なる伝統的な権威(権力)の決定であってはならない,と人権の擁護者は主張する。このような考えかたは,次第に文明世界全体に広まり,自由主義という独得な精神態度を生みだした。(そうして)この自由主義は,自由主義が権力を持っている場合にも(自由主義体制下においても),政府の行動について一定の疑いを保持している(のである)。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.16

III. The French Revolution and Nationalism.(continued)

It is obvious that the doctrine is, in origin and sentiment, anti-governmental. The subject of a despotic government holds that he should be free to choose his religion as he pleases, to exercise his business in all lawful ways without bureaucratic interference, to marry where he loves, and to rebel against an alien domination. Where governmental decisions are necessary, they should – so the advocate of the Rights of Man contends – be the decisions of a majority or of their representatives, not of an arbitrary and merely traditional authority such as that of kings and priests. These views gradually prevailed throughout the civilized world, and produced the peculiar mentality of Liberalism, which retains even when in power a
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.15

(三) フランス市民革命とナショナリズム

 西欧世界は,宗教改革から1848年(注:ウィーン体制の崩壊)に至るまで,人権革命とも言って良い絶えざる大変動を経験していた。1848年に,この運動はライン河以東ではナショナリズムへと変容し始めた。フランスにおいては,両者(人権革命とナショナリズム)の結びつきは,1792年(注:フランス市民革命)から存在しており,また,イギリスにおいては最初から存在していた。アメリカにおいては,1776年(注:アメリカ独立宣言)以降存在していた。この運動のナショナリズムの面は,次第に人権の面を圧倒してきたが,当初は人権の面の方がより重要であった。

 今日では,この人権(というもの)に対し,それは浅薄な十八世紀的美辞麗句に過ぎないとして,嘲笑をあびせることが慣例となっている。確かに,哲学的に考察する場合には,この説(天賦人権説)は擁護できないしかし,歴史的及び実用主義的に見れば(この説は)有益であったし,また(しかも),天賦人権説は我々が多くの自由を勝ち得るのを手助けしたのであり,我々はそれらの多くの自由を(現在)享受している(のである)。ベンサム主義者(功利主義者)にとって「権利」というような抽象的な概念は受けいれることができないが,功利主義者は(功利主義者なら),実際的な目的のために,以下のような言葉で,同様の説を述べることができる(だろう)。

「全体の幸福が増すのは,(もし)一定の範囲が定められ(範囲が限定され),その範囲内において,各人がいかなる外的な権威(権力)に干渉されることなく自分たちの意のままに自由に行動することができる場合である。」

 裁判権(注:administration of justice 司法行政)もまた,天賦人権説の擁護者たちの関心を引いた問題であった。(即ち)彼らは,いかなる人間も,然るべき法の手続きをへずに,生命または自由を奪われることがあってはならないと考えた。これは,正しいにせよ,間違っているにせよ,哲学上の不合理をまったく含んでいない意見である

Chapter VII: Revolutionary Power, n.15

III. The French Revolution and Nationalism.

The Western world, from the Reformation until 1848, was undergoing a continuous upheaval which may be called the Rights-of-Man Revolution. In I848, this movement began to transform itself into nationalism east of the Rhine. In France, the association had existed since 1792, and in England from the beginning; in America, it had existed since 1776. The nationalist aspect of the movement has gradually overpowered the Rights-of-Man aspect, but this latter was at first the more important.

It is customary in our day to pour scorn on the Rights of Man, as a piece of shallow eighteenth-century rhetoric. It is true that, philosophically considered, the doctrine is indefensible ; but historically and pragmatically it was useful, and we enjoy many freedoms which it helped to win. A Benthamite, to whom the abstract conception of “rights” is inadmissible, can state what is, for practical purposes, the same doctrine in the following terms :

“The general happiness is increased if a certain sphere is defined within which each individual is to be free to act as he chooses, without the interference of any external authority.”

The administration of justice was also a matter that interested the advocates of the Rights of Man; they held that no man should be deprived of life or liberty without due process of law. This is an opinion which, whether true or false, involves no philosophical absurdity.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.14

 (二)宗教改革(続き)

 けれども,エラストウス主義は,(教会と直接関わりのない)個人的な信仰心(personal religion)の強い人々にとっては満足を与えるものでは決してなかった。(たとえば)(カトリック教の)煉獄の実在に関する問題について,人々に(英国)議会の権威に従うことを求めることは,いささかグロテスク(異様でばかげたもの)であった。キリスト教独立教会派の人々は,神学的権威としての国家も教会も等しく拒否し,個人の判断の権利を,その必然の結果として宗教上の寛容とともに(を併せて),主張した(注:東宮氏は,the right of private judgment を「個人の判断の”正しさ“」と訳している。個人の判断が必ず正しいなどと主張できるはずはなく、“right” はここでは当然「権利」であろう)。このような考えかたは,世俗的専制政治に対する反逆と容易に結びついた。もし各個人に,自分自身の神学上の意見を持つ権利があるとすれば,おそらく,他のいろいろな権利もあるはずではないか? 政府が市民(個人)に対して合法的に(正当に)為しうるものごとに対しても割り当てることができる制限が存在しないであろうか?(制限があるはずではなかろうか)。そういうわけで,人権説は,クロムウェルに従ったがために敗北を喫した人々(注:清教徒)によって大西洋を渡り,ジェファーソンによって米国憲法に具現化され,再びヨーロッパに持ち帰られ,フランス市民革命となったのである。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.14

Erastianism, however, could never be satisfactory to men in whom personal religion was strong. There was something grotesque in asking men to submit to the authority of Parliament on such questions as the existence of Purgatory. The Independents rejected the State and the Church equally as theological authorities, and claimed the right of private judgment, with the corollary of religious toleration. This point of view readily associated itself with revolt against secular despotism. If each individual had a right to his own theological opinions, had he not, perhaps, other rights as well? Were there not assignable limits to what governments might legitimately do to private citizens? Hence the doctrine of the Rights of Man, carried across the Atlantic by the defeated followers of Cromwell, embodied by Jefferson in the American Constitution, and brought back to Europe by the French Revolution.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.13

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 ◆再開します!◆
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 (二)宗教改革(続き)

 このようなヘンリー八世の仕事は(も),エリザべス女王の治世下において,プロテスタンティズムと結んだナショナリズム(の一形態)が必要なものであるとともに有利なものになったということ(事実)がなければ,永続的なものとはならなかったかも知れない。(イングランドの)自己保存(の本能)は,カトリック教国のスペインの敗北を必要とし(要求し),そうして,スペインの宝船をだ捕するという愉快な形をとった。その時以後,英国国教会にとっての唯一の危険は,キリスト教左派からの危険だけであり,キリスト教右派からの危険ではなかった。しかし,そのキリスト教左派からの攻撃も打ち負かし,その後に続いたのは,

 善きチャールズ王の黄金時代
 彼の時代においては,安んじて忠誠を捧げえた

のであった。「日和見主義者(風見鶏)」vicar of Bray 16世紀イングランド Berkshire 州の Bray 村の 教区牧師 VICAR は支配者が代わるたびに,その宗旨に合わせて,四度も転向したことから)は,プロテスタント諸国(新教徒国家)における,国家によるカトリック教会の打破(defeat 打ち負かすこと)を例証している。宗教的寛容ということが可能なことと考えられなかった当時としては,エラストウス主義(注:erastianism 教会組織の問題については、国家が教会よりも力を持つという教義)だけが,教皇とキリスト教公会議(General Councils.)に対する代用物であった。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.13

The work of Henry VIII might not have been permanent, but for the fact that, under Elizabeth, a form of nationalism associated with Protestantism became at once necessary and lucrative. Self-preservation demanded the defeat of Catholic Spain, and took the pleasant form of capturing Spanish treasureships. After that time, the only danger to the Anglican Church was from the Left, not from the Right. But the attack from the Left was defeated, and was succeeded by

Good King Charles’s golden days,
When loyalty no harm meant.

The Vicar of Bray illustrates the defeat of the Church by the State in Protestant countries. So long as religious toleration was not thought possible, Erastianism was the only available substitute for the authority of the Pope and General Councils.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.12

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 ◆8月10日(土)~8月18日(日)まで夏休み休刊とします。◆
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 (二)宗教改革(続き)

 イングランドでは,ヘンリー八世は,彼らしい精力と冷酷さで(もって)この問題(注:教会の国家への服従)に自ら取り組んだ。彼は自らを英国教会の長であると宣言(布告)することによって,宗教を世俗的かつ国家的なものにする仕事にとりかかった。彼は,イングランドの宗教をもって,キリスト教界(全キリスト教徒)の普遍的宗教の一部でなければならないといった望みはまったく持っていなかった。彼は,イングランドの宗教を,神の栄光よりも自分(ヘンリー八世)の栄光の役に立つ(ものであること)を望んだ。彼は卑屈な議会によって(御用議会を利用して),カトリック教会公認の教義を彼が望むように改変することができた(注:as he chose 望むように/You may stay here if you choose お望みならここにお残りになってけっこうです)。また,そういった改変を嫌った者たちを苦もなく処刑することができた。僧院(修道院)の解散は彼(ヘンリー八世)に収入(歳入)をもたらし,それによって彼は,「恩寵の巡礼(の乱)」(注:the Pilgrimage of Grace 1536年にイングランドの北部で起こった,特に修道院解散に反対した反政府暴動)のようなカトリック教徒の反乱を容易に潰すことができた火薬や薔薇戦争は,旧い封建的貴族階級を弱体化し,彼はその気になればいつでも,貴族の首を切ることが出来た。ウルジー(注: Thomas Wolsey, 1475-1530, イングランドの聖職者で枢機卿。ヘンリー8世治世の初期に信任を得ていたが後に失脚)は,昔ながらのカトリック教会の権力に頼り,失墜した。クロムウェルとクランマーは,ヘンリー王の御用道具であった。ヘンリー八世は,カトリック教会の失墜において,国家権力がどのようなものでありうるかということを世界に示した,先駆者であった。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.12

II. The Reformation.(continued)

In England, Henry VIII took the matter in hand with characteristic vigour and ruthlessness. By declaring himself Head of the Church of England, he set to work to make religion secular and national. He had no wish that the religion of England should be part of the universal religion of Christendom ; he wished English religion to minister to his glory rather than to the glory of God. By means of subservient Parliaments, he could alter dogmas as he chose; and he had no difficulty in executing those who disliked his alterations. The dissolution of the monasteries brought him revenue, which enabled him easily to destroy such Catholic insurrections as the Pilgrimage of Grace. Gunpowder and the Wars of the Roses had weakened the old feudal aristocracy, whose heads he cut off whenever he felt so disposed. Wolsey, who relied upon the ancient power of the Church, fell ; Cromwell and Crammer were Henry’s subservient tools. Henry was a pioneer, who first showed the world what, in the eclipse of the Church, the power of the State could be.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.11

(二)宗教改革
 権力という観点から見ると,宗教改革には,我々に関係している二つの面がある(二つの面が我々に関係ある)。一つ(一方)は,宗教改革の神学上の無政府主義が教会を弱体化したという面であり,もう一つ(一方)は,この教会の弱体化が(は)国家を強化したという面である。宗教改革は,それまで地上のいかなる世俗的な政府よりも強力なことを繰り返し身をもって証明してきた一つの強大な国際組織(注:キリスト教組織/教皇体制)を,部分的に崩壊させたものとして,主として重要であった。ルーテルは,カトリック教会とカトリックの過激派と対抗して勝利するために,俗界の諸侯に頼らざるを得なかった。(*注を参照) ルーテル派教会は,ヒットラーの時代になるまで,決して,カトリック教を奉じない政府に対し不忠実な態度を示したことはなかった。農民(小作人)たちの反乱は,ルーテルに,諸侯に服するように説教させるもう一つ別の理由を与えた。独立した一つの権力としてのカトリック教会は,ルーテル派の国々(諸国)においては,事実上,存在しなくなり,世俗政府への服従を説く機構の一部となった

(*注) トーネイ『資本主義の勃興と宗教』の中で,次のように述べている。「農民戦争(注:1524年に起こったドイツ農民戦争のこと)は,福音書に対するその感動的な訴えとその恐るべき破局とから,ルーテルを恐れさせ,次のように,激情を爆発させただけではなかった。「誰もが,秘密裏にあるいは公然と,人を殴ったり,打ち倒したり,絞め殺したり,突き殺したりできる。・・・。今日は驚くべき時代だ。今日では,君主(諸侯)のほうが,祈祷する君主以外の人間よりも,流血をもって,ずっと天(神)の評価に値する。」農民戦争は,また,ルーテル主義に,世俗の権威者(権力者)に対するほとんど盲信とも言えるものを刻みつける助けとなった。」 トーネイは,その2,3ページ後に,もう一つルーテルの言葉を引用している。「この世が血を流すことなく統治できると、誰も考える必要はない(考えてはならない)。俗人の武器(注:civil sword 別の意味あり?)は必ずや赤く血生臭く染まるであろうし,染まらなければならない。」これに対するトーネイの説明は次の通りである。「このようにして,斧(注:斬首の象徴)が杭(くい)(注:異端者火刑の象徴)にとって代わり,権威(権力)は,祭壇(注:教会の聖餐台)から駆逐されて,王座の上に新しい,(祭壇よりも)ずっと安全な棲み家を見出す(のである)。キリスト教道徳の維持(という役割)は,信頼を失った教会の権威から国家の手に移されなければならない。マキアヴェリとヘンリー八世の時代は,(旧約聖書に出てくる)一角獣(ユニコーン)や火蛇の実在に懐疑的であったが,世にも稀な怪物,即ち,神が恐れる君主(諸侯)に対する崇拝に軽信の糧を見出したのであった。」 そういったある種の軽信性(簡単にものを信じこむ気持)は,革命期の特徴である。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.11

II. The Reformation.

From the point of view of power, the Reformation has two aspects that concern us: on the one hand, its theological anarchism weakened the Church; on the other hand, by weakening the Church it strengthened the State. The Reformation was chiefly important as the partial destruction of a great international organization, which had repeatedly proved itself stronger than any secular government. Luther, in order to succeed against the Church and the extremists, was obliged to rely upon the support of secular princes*; the Lutheran Church never, until the time of Hitler, showed any disloyalty to governments that were not Catholic. The peasants’ revolt gave Luther another reason for preaching submission to princes. The Church, as an independent power, practically ceased to exist in Lutheran countries, and became part of the machinery for preaching submission to the secular government.

*”The Peasants’ War,” says Tawney in Religion and the Rise of Capitalism, “with its touching appeal to the Gospel and its frightful catastrophe, not only terrified Luther into his outburst: ‘Whoso (= whosoever) can, strike, smite, strangle, or stab, secretly or publicly … such wonderful times are these that a prince can better merit Heaven with bloodshed than another with prayer’; it also helped to stamp on Lutheranism an almost servile reliance on the secular authorities.” A few pages later, he quotes another saying of Luther’s.. “No one need think that the world can be ruled without blood. The civil sword shall and must be red and bloody.” Tawney’s comment is as follows: “Thus the axe takes the place of the stake, and authority, expelled from the altar, finds a new and securer home upon the throne. The maintenance of Christian morality is to be transferred from the discredited ecclesiastical authorities to the hands of the State. Sceptical as to the existence of unicorns and salamanders, the age of Machiavelli and Henry VIII found food for its credulity in the worship of that rare monster, the God-fearing Prince.” Some such credulity is characteristic of revolutionary epochs.)
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.10

 このような難点は,その起源を革命に負っているあらゆる権威(や権力)に内在している。そのような権威(や権力)は,(自らの存在のために当然)最初の革命は正当化されると主張しなければならず,また(and 同時に/しかも),論理的には,それ以後におこる革命を全て邪悪であるに決まっていると主張することはできない(*注:そうでなければ,最初の革命も正しいとは断言できなくなる)。キリスト教における無政府主義の火焔は,深く隠されていたけれども,中世全体を通じて,生き続けた。宗教改革(の時)に,突如として,大きく燃えあがり広がっていった(のである)。

(*注)革命後の革命(反革命)を邪悪なものだとして否定する試みは,時折,奇妙な結果をもたらした。今日(注:本書が出された1938年当時)のロシアの青年はツァー時代(ロシア帝国時代)の革命運動を礼讃する話からは注意深く隔離されている(そういった話を耳にしないように細心の注意が払われている)。『ある老ボルシェヴィキの手紙』(George Allen and Unwin 版)には,一部学生たちによるスターリン暗殺計画について述べた後,続けて次のように書かれている。「被告の学生から,糸をたぐっていくと,政治学及び政党史(専門)の教授たちへと行き着いた。ロシア革命運動の講義中に,今日,政府に関する批判的態度の育成に資する箇所(ページ)を見つけ出すのは容易であり,また,若い性急な学生は,公式に確立されたものとして見なすように学校で教えられた事実を引用して,現在に関する自分の結論の支えにすることを常に好む。アグラーノフのやるべきことの全ては,彼の考えで(被告学生の)同士の共犯者とみなさるぺき教授たちを選びだすことだけであった。このようにして,「十六名の裁判に」第一回の被告団が加えられたのであった。)

Chapter VII: Revolutionary Power, n.10

This difficulty is inherent in every authority that owes its origin to revolution. It must maintain that the original revolution was justified, and it cannot, logically, contend that all subsequent revolutions must be wicked*. The anarchic fire in Christianity remained alive, though deeply buried, throughout the Middle Ages; at the Reformation, it suddenly shot up into a great conflagration.

(* Note: The attempt to do so sometimes has strange results. The young in Russia at the present day are carefully sheltered from laudatory accounts of the revolutionary movement in Tsarist days. The Letter of an Old Bolshevik (George Allen a Unwin, Ltd.), after telling of a supposed plot by some students to murder Stalin, continues.. “From the accused students, threads were drawn to professors of political science and party history. It is easy to find pages in any lectures on the history of the Russian revolutionary movement highly conducive nowadays to the cultivation of critical attitudes in respect to the Government, and young hotheads always like to buttress their conclusions concerning the present by citing facts which they have been taught in school to regard as officially established. All Agranov had to do was to pick the professors who, in his opinion, were to be regarded as fellow conspirators. This was how the first batch of defendants in the trial of the sixteen was recruited.”
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.9

 成功する(成功にいたる)革命(大変革/大改革)は,全て権威(や権力)を揺るがし,社会の団結を(革命以前よりも)より困難なものにする。この場合,カトリック教会に権力を与えた宗教改革(大変革)に関しても,(事情は)同様であった。宗教改革(大変革)は,国家を非常に弱体化させただけでなく,その後に続いて起こった諸改革(大改革)の模範を示した(set the pattern for)。さらに,個人主義は -それはキリスト教初期の時代のキリスト教の教えの重要な一要素であったが- 依然として,神学上及び世俗上双方の反抗の危険な源であり続けた。個人の良心は -個人の良心が教会の裁断を受けいれることができない場合には- 教会の裁断に従うことを拒否するために,福音書に助けを求めることができた(注:キリスト教の無教会派など)。異端は教会にとって悩みの種だったかも知れないが,それ自体は(as such),原始キリスト教の精神に反するものではなかった。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.9

Every successful revolution shakes authority and makes social cohesion more difficult. So it was with the revolution that gave power to the Church. Not only did it greatly weaken the State, but it set the pattern for subsequent revolutions. Moreover the individualism, which had been an important element of Christian teaching in its early days, remained as a dangerous source of both theological and secular rebellion. The individual conscience, when it could not accept the verdict of the Church, was able to find support in the Gospels for a refusal to submit. Heresy might be annoying to the Church, but was not, as such, contrary to the spirit of primitive Christianity.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第7章 革命的な権力 n.8

 (皇帝と教会との間に)多くの争いがあったなかで,そのような争い(皇帝と教会との権力闘争)は,教会(ローマン・カトリック教会)の独立的な権力を確立した。教会が勝利をおさめたのは,一部は喜捨(慈善)のおかげであり,また一部は教会組織のおかげであったが,(それ以上に)主として,教会と対立する信条や感情で,勢いのあるものがまったくなかったという事実のおかげであった。ローマが征服を行っていた時は,ローマ人は,国家の栄光について強く感じることができた。なぜなら,ローマ(帝国)は,ローマ人の尊大な誇りを満足させたたからである。しかし,紀元4世紀には,そのような感情は消え去って既に久しかった。宗教に匹敵する力である国家に対する熱狂は,近代のナショナリズムの勃興によって初めて蘇った(のである)。

Chapter VII: Revolutionary Power, n.8

Such contests, of which there were many, established the independent power of the Church. Its victory was due partly to almsgiving, partly to organization, but mainly to the fact that no vigorous creed or sentiment was opposed to it. While Rome was conquering, a Roman could feel strongly about the glory of the State, because it gratified his imperial pride; but in the fourth century this sentiment had been long extinct. Enthusiasm for the State, force comparable with religion, revived only the rise of nationalism in modern times.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER07_080.HTM