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革命後のロシアと同様に,西欧もまた以前享受した自由の多くを失った

 ロシア革命後,長い間,「(ロシア革命後のロシアの)新しい政治体制はあきらかに欠陥をもっているが,少なくとも前の体制(とって変わった体制)よりは良い」と言うのが慣例であった。これはまったくの幻想であった。ツァー政府の下でのシベリア流刑(者)の記録を読みなおす時,ずっと前に読んだ時の嫌悪感を再体験することは不可能である。流刑者は,精神的にも肉体的にも,かなりの自由をもっており,彼らの運命は,ソヴュト政府の下で強制労働をさせられた人たちの運命とはまったく比較にならないものであった。(革命前には)教養のあるロシア人は,自由に旅行し,西欧の人たちとの接触を自由に楽しむことができたが,これは現在では不可能である。政府への反抗は処罰されがちであったけれども可能であったし,その処罰は概して現在ほどびどいものではまったくなかった。圧政は現在ほど広範にはゆきわたってはいなかった。私は最近,ドイッチャー(Isaac Deutscher,1907-1967:英国の歴史学者,政治活動家)によって語られたトロツキーの若いころの伝記を読んだが,それは(トロツキーの若い頃には)現在のロシアとは比べものにならないほどの政治的かつ精神的な自由が存在したことを明らかにしている。ロシアと西欧との間にはツァー時代と同様,大きな深淵が横たわっているが,この深淵は当時よりも大きいとは考えられない。なぜなら,ロシアもより悪くなったけれども,西欧もまた以前享受した自由の多くを失ったからである。

For a long time after the Russian Revolution, it was customary to say, “No doubt the new regime has its faults, but at any rate it is better than that which it has superseded.”
This was a complete delusion. When one rereads accounts of exile in Siberia under the Czar, it is impossible to recapture the revulsion with which one read them long ago. The exiles had a very considerable degree of liberty, both mental and physical, and their lot was in no way comparable to that of people subjected to forced labor under the Soviet Government. Educated Russians could travel freely and enjoy contacts with Western Europeans which are now impossible.
Opposition to the Government, although it was apt to be punished, was possible, and the punishment as a rule was nothing like as severe as it has become. Nor did tyranny extend nearly as widely as it does now. I read recently the early life of Trotsky as related by Deutscher, and it reveals a degree of political and intellectual freedom to which there is nothing comparable in present-day Russia. There is still as great a gulf between Russia and the West as there was in Czarist days, but I do not think the gulf is greater than it was then, for, while Russia has grown worse, the West also has lost much of the freedom which it formerly enjoyed.
出典: Symptoms of Orwell’s 1984,(1954).
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1070_SoO-020.HTM

<寸言>
ロシア革命により一党独裁とKGBによる監視社会ロシアが出現。
ソ連崩壊後は、崩壊前に比べ自由はましたようであるが、プーチンに対する批判だけは厳しく取り締まられている。
一方、中国はあいかわらず共産党による一党独裁である。
これに対し、ロシアには大きな政党が4つ(統一ロシア-保守主義;ロシア連邦共産党-共産主義;ロシア自由民主党-民族主義;公正ロシア-社会民主主義)ある。

ジョージ・オーウェル『1984年』 - 管理社会/監視社会と自由の制限

 ジョージ・オーウェル(注:George Orwell, 1903-1950:英国の作家で,全体主義的・管理社会的ディストピア反ユートピアの世界を描いた『1984年』で有名/ラッセルのこのエッセイはオーウェルの死後4年目に書かれたことになる。)の『1984年』は,まさに読者を戦慄させた,身の毛のよだつような本である。けれども,この本は,疑いもなく,著者が意図した効果(影響)をもたなかった。(注:オーウェルが自ら語っているように,彼は民主社会主義者であり,彼はこの小説において社会主義そのものを糾弾しているのではなく,当時のソ連に象徴される全体主義的な社会や国家を批判していることに注意)。
 人々はオーウェルがこれを書いていた時には彼は重病だったと言ったが,事実,彼はその後まもなく亡くなった(注:小説『1984年』は1949年6月8日に出版され,1950年1月21日に死亡した)。読者(彼ら)は,むしろ,その小説が与える恐怖による身震いを楽しみ,次のように考えた。「いや,もちろん,ロシアを除いてけっしてそんなにひどくはならないだろう。オーウェル(著者)が陰気臭さを楽しんでいたのはあきらかだ。真面目にとらずに我々読者も楽しむことにしよう。
こういった心地よい欺瞞(虚偽)で自らを慰め,オーウェルの予言が現実のものとなる道を歩んできたのである。少しずつ,一歩一歩,世界はオーウェルの悪夢の実現に向けて進んできている。しかし,この歩みは少しずつであったため,どのくらいこの致命的な道をどんなにか遠くまで歩んできたか,人々は気が付いてこなかった(気がついていない)のである。
1914年より前の世界を覚えている人たちのみが,これまでにどれほど多くのものが失われてしまったかをよく理解することができる。(1914年以前の)あの幸福な時代には,ロシアを除いたどこにおいても,パスポート(旅券)なしに旅行をすることができた。ロシア以外では,いかなる政治的意見も自由に発言することができた。新聞の検閲は,ロシア以外では,知られていなかった。白人は誰でも,世界中のどこへでも自由に移住することができた。ツァー体制化のロシアにおける自由の制限は,他の文明世界全体で恐怖の眼をもってみられ,ロシアの秘密警察の権力は,忌み嫌うべきこととみなされた。ロシアはまだ西側世界より悪いが,それは西側世界が自由を保持してきたからではなく,西側世界が自由を失ってきた一方で,ロシアはどのツァーも考え及ばなかったほど圧制の方向にさらに進んだからである。

George Orwell’s 1984 is a gruesome book which duly made its readers shudder. It did not, however, have the effect which no doubt its author intended. People remarked that Orwell was very ill when he wrote it, and in fact died soon afterward. They rather enjoyed the frisson that its horrors gave them and thought: “Oh well, of course it will never be as bad as that except in Russia! Obviously the author enjoys gloom; and so do we, as long as we don’t take it seriously.” Having soothed themselves with these comfortable falsehoods, people proceeded on their way to make Orwell’s prognostications come true. Bit by bit, and step by step, the world has been marching toward the realization of Orwell’s nightmares; but because the march has been gradual, people have not realized how far it has taken them on this fatal road.
Only those who remember the world before 1914 can adequately realize how much has already been lost. In that happy age, one could travel without a passport, everywhere except in Russia. One could freely express any political opinion, except in Russia. Press censorship was unknown, except in Russia. Any white man could emigrate freely to any part of the world. The limitations of freedom in Czarist Russia were regarded with horror throughout the rest of the civilized world, and the power of the Russian Secret Police was regarded as an abomination. Russia is still worse than the Western World, not because the Western World has preserved its liberties, but because, while it has been losing them, Russia has marched farther in the direction of tyranny than any Czar ever thought of going.
出典: Symptoms of Orwell’s 1984l,(1954).
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1070_SoO-010.HTM

<寸言>
日本人が現在享受している自由は闘って奪い取ったものではなかった。GHQ(米国)から与えられた自由であり、そのため、自由が少しずつ奪い取られていても鈍感である。

思想家の評価において念頭におくべきこと

 彼(ミル)の純粋に知的な面での欠陥(欠点)にもかかわらず,その影響力は,非常に大きかったし,また,非常に恩恵をもたらした。彼は合理主義と社会主義を尊敬に値するものにした。もっとも,彼にとっての社会主義は国家権力の増大を伴わない前マルクス主義者のものであった。彼の女性の平等(男女同権)の主張(擁護)は,結局,ほとんど世界中で受け容れられた。彼の『自由論』は今日でも(読まれるべき)古典であり続けている。彼の(自由論の)理論面における(いろいろな)欠点を指摘することは容易であるが,この本の価値は世界が彼の教えから遠のけば遠のくほど(自由が少なくなればなるほど)増大する。現在の世界は彼を驚かし,恐れさせもするだろう(現在の世界の自由の状況を知れば,ミルはきっと驚くであろう)。もし,彼の倫理上の諸原理がもっと尊敬されていたならば,世界は現在よりももっとよいものとなっていたであろう。

In spite of his purely intellectual deficiencies, his influence was very great and very beneficent. He made rationalism and Socialism respectable, though his Socialism was of the pre-Marxist sort which did not involve an increase in the powers of the State. His advocacy of equality for women in the end won almost world-wide acceptance. His book On Liberty remains a classic: although it is easy to point out theoretical defects, its value increases as the world travels farther and farther from his teaching. The present world would both astonish and horrify him; but it would be better than it is, if his ethical principles were more respected.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-270.HTM

<寸言>
その人の真価は,その人の生きた時代にどう考え、どう行動したかであろう。現代人が過去の偉大な人物を批評する時,もちろん現代の観点に立って批評することは重要であるが、それは当時の観点に立って理解した上でやるべきであろう。そうして,さらにその人物が今生きていたらどのように考え行動したであろうかという観点も必要であろう。

J. S. ミルの知的高潔さ(誠実さ)

 ミルは,知性によってではなく,知的美徳(知的な徳性)によって,彼の(生きた)時代に享受した名声に価した。彼はデカルトやヒユームのように偉大な哲学者ではなかった。哲学の領域においては,ヒユームやベンサムや彼の父からその思想を引き出した。しかし,彼は哲学的急進論者のとげとげしさに,最初コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge, 1772-1834:イギリスのロマン派詩人)やカーライルに由来する,その後は自分の妻から得た, 浪浸主義運動的要素を混ぜあわせた。彼は自分の受けついだものをよく融合(吸収消化)することによって合理的なものにした。(若干の)浪漫主義者たちの愚行や暴力行為(注:violences と複数形になっていることに注意)は彼には何ら(強い)印象ももたらさなかった。彼の知的高潔さ(誠実さ)は申し分ないものであった。論争に参加していた時には,最大限繊細かつ良心的な公平さをもって議論を行った。彼の論争が向けられた人たちは,大抵の場合,彼が洗練された言葉で述べた(下した)批判に値していた。

Mill deserved the eminence which he enjoyed in his own day, not by his intellect but by his intellectual virtues. He was not a great philosopher, like Descartes or Hume. In the realm of philosophy, he derived his ideas from Hume and Bentham and his father. But he blended the harshness of the Philosophical Radicals with something of the Romantic Movement, derived first from Coleridge and Carlyle and then from his wife. What he took over, he made rational in assimilating it. The follies and violences of some Romantics made no impression upon him. His intellectual integrity was impeccable. When he engaged in controversy, he did so with the most minutely scrupulous fairness. The people against whom his controversies were directed deserved almost always the urbanely worded strictures which he passed upon them.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-260.HTM

<寸言>
形骸化した,形式的民主主義に対する抗議。公共の福祉のためという表向きの理由で権力者の意向を通そうとする,個人の自由の制限に対する抗議。

所有衝動と創造衝動 - 前者が最小で後者が最大な人生が善い人生

 自由の固有の領域に関する多くの問題に決着をつける助けになる,広汎な(適用範囲の広い)原理が存在する。
個人の幸福に寄与するものには,おおざっぱに言って2種類ある。即ち,私有(私的所有)が可能なもの(こと/場合)と可能でないもの(こと/場合)である。(たとえば)ある人が食べる物そのものを他の人も(同時に)食べるわけにはいかない。しかし,仮にある人が詩を楽しむとしても(if = even if),彼はそのことによって他の人も(同時に)その詩を楽しむことを妨げることはない。大ざっばに言えば,私的所有の可能なものは物質的なものであり,一方,可能でないものは精神的なものである。物的なもの(物質財)は,供給が無制限でなければ公平の原則によって分配されるべきである。即ち,結果として他の誰かの所有分が少なすぎる場合には,いかなる者も過大に所有してはならない。この分配の原理は,無制限の自由からは出て来ないだろう。無制限の自由は,ホッブスの言う,強者の勝利に終る(ところの)万人の万人に対する闘いへと導くであろう。
 しかし,知識,美の享受,友情,愛情のような精神的なもの(所有財)は,それによって生活(人生)が豊かになる人たちによって他の人たちから奪いとられること(もの)ではない。従って,この(精神的な)領域においては,申し立て通りの(prima-facie),自由を制限するものはまったくない。ある種の知識を禁止したり,あるいは,プラトンやスターリンのように,ある種の音楽や詩を禁止したりする人々は,その権利のない領域に(注:no locus standi :訴訟に参加する権利がない),政府が干渉することを許容しているのである。
物質的なもの(財貨)と精神的なもの(財貨)との間の区別明確に線をひけない場合が多いので,私はこの原理の重要性を過度に強調したいとは思わない。そのような例の最も明らかなものの一つは,図書の印刷(出版)である。図書(本)は杏のプディングのように物質的なものであるが,それから引き出すことを我々が期待するもの(良きもの)は精神的なものである。最も賢明である権力(authority 権威)でさえも,いかなる本が印刷に値するかを決定できるような十全な原理原則を考え出すことは容易ではない。現在のように多様な出版社がある状況において,いかなる改善も可能とは思わない。世俗的なものであれ聖職のものであれ,本を出版する前に,許可をとらなければいけないような権力があるところでは,常に,結果は悲惨である。同様なことが芸術についてもいえる。いかなる者も,共産主義者でさえも,現在,ロシアの音楽がスターリンの干渉(介入)によって改善されたとは,主張しないだろう。

There is a broad principle which helps in deciding many questions as to the proper sphere of liberty. The things that make for individual well-being are, broadly speaking, of two sorts: namely, those in which private possession is possible and those in which it is not. The food that one man eats cannot be also eaten by another; but if a man enjoys a poem, he does not thereby place any obstacle in the way of another man’s enjoyment of it. Roughly speaking, the goods of which private possession is possible are material, whereas the other sort of goods are mental. Material goods, if the supply is not unlimited, should be distributed on principles of justice: no one should have too much if, in consequence, someone else has too little. This principle of distribution will not result from unrestricted liberty, which would lead to Hobbes’s war of all against all and end in the victory of the stronger. But mental goods such as knowledge, enjoyment of beauty, friendship and love are not taken away from other people by those whose lives are enriched by them. There is not, therefore, any prima-facie case for restrictions of liberty in this sphere. Those who forbid certain kinds of knowledge, or, like Plato and Stalin, certain kinds of music and poetry, are allowing Government to intervene in regions where it has no locus standi. I do not wish to overemphasize the importance of this principle, for there are many cases in which the distinction between material and mental goods cannot be sharply drawn. One of the most obvious of these is the printing of books. A book is as material as a plum pudding, but the good that we expect to derive from it is mental. It is not easy to devise any sound principle upon which even the wisest authority could decide what books deserve to be printed. I do not think that any improvement is possible upon the present diversity of publishers. Wherever there is an authority, whether secular or ecclesiastical, whose permission is required before a book can be printed, the results are disastrous. The same thing applies to the arts: no one, not even a Communist, will now contend that Russian music was improved by Stalin’s intervention.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-250.HTM

<寸言>
この主張に関連したラッセルに有名な一文は次のとおり。

The best life is one in which the creative impulses play the largest part and the possessive impulses the smallest.

「愛国心」という魔物

 けれども,これは世界の大部分において支配的である教育理論ではない。最も支配的な(広まった)教育理論は,ジェスイット教徒(注:イエズス会士。イエズス会とは,イグナチオ・デ・ロヨラによって創設されたカトリックの男子修道会)によって発明され,フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte,1762-1814:ドイツの観念論哲学者)によって完成されたものである。フィヒテの述べるところによれば,教育の目標(object 目指すべきところ)は,意志の自由を破壊することであってはならない。なぜなら,我々はどうして正しいものよりも悪いものを選ぶ自由を望むのか,と彼は問う。フィヒテは正しいものが何であるかを知っており,子供たちが大人になった時に,フィヒテが悪と考えるものよりも善と考えるものの方を選ぶように内的衝動下におかれるような学校システムを望む(注:compulsion : ここでは「強制」ではなく「衝動」)。この理論は,その完全な形で,共産主義者とカトリック教徒によって採用され,また,ある程度まで,多くの国の国立学校によって採用されている。その(理論の)目的は,今日の焦眉の問題について,一方の側の意見しか聞かず,他方の側の意見に対しては恐怖の感情を抱くように吹き込まれているような精神的奴隷を生み出すことにある(のである)。そこにはフィヒテが望んだものからのちょっとした逸脱がある。彼の教育方針は是認されているが,教え込まれる教義は国によって,また,その信条によって異なっている。フィヒテが主に教えられるのを望んだことは,ドイツ国家の他の全ての国家に対する優越性であったが,この小さい点(注:ラッセルの皮肉)において,彼の弟子の大部分は彼に同意しなかった(注:つまり、フィヒテの祖国ドイツよりも,弟子が所属する自分の国に対する愛国心の方が強かった。フランス人はフランスを、英国人は英国を・・・といった具合に)。その結果,彼の原理原則を採択した国々においては,国家教育は,うまくいった限りにおいては,無知な狂信者の一群を生み出しており,彼らが必要な時には,命令一下,戦争にでも迫害にでもすぐに従事する用意ができている。この害悪は極めて大きいので,国家教育が始められていなかったとすれば,(私の意見では,少なくとも)世界はもっとよりよい場所であったであろう。

Japan’s Prime Minister Shinzo Abe, center, and his cabinet ministers, escorted by a Shinto priest, arrive at the Grand Shrine of Ise, central Japan, for offering a new year’s prayer Monday, Jan. 5, 2015. Japanese Prime Minister Abe said Monday that his government would express remorse for World War II on the 70th anniversary of its end in August. (AP Photo/Kyodo News) JAPAN OUT, MANDATORY CREDIT

This, however, is not the theory of education which has prevailed in most parts of the world. The theory of education which has prevailed most widely was invented by the Jesuits and perfected by Fichte. Fichte states that the object of education should be to destroy freedom of the will, for why, he asks, should we wish a freedom to choose what is wrong rather than what is right? Fichte knows what is right, and desires a school system such that, when the children grow up, they will be under an inner compulsion to choose what Fichte considers right in preference to what he considers wrong. This theory is adopted in its entirety by Communists and Catholics, and, up to a point, by the State schools of many countries. Its purpose is to produce mental slaves, who have heard only one side on all the burning questions of the day and have been inspired with feelings of horror toward the other side. There is just one slight divergence from what Fichte wanted: although his method of education is approved, the dogmas inculcated differ from country to country and from creed to creed. What Fichte chiefly wished taught was the superiority of the German nation to all others; but on this one small point most of his disciples disagreed with him. The consequence is that State education, in the countries which adopt his principles, produces, in so far as it is successful, a herd of ignorant fanatics, ready at the word of command to engage in war or persecution as may be required of them. So great is this evil that the world would be a better place (at any rate, in my opinion) if State education had never been inaugurated.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-240.HTM

<寸言>
「愛国心」は魔物。多くの国民がこの「愛国心」という魔物にとらわれ、思考停止に陥ってしまう。中国では「愛国無罪」が叫ばれたが、日本の「一部の?」保守主義者も同様。また、「愛国」をかかげて商売している人も少なくない。

ミル曰く:「国家は教育の’機会’を提供するだけにしなければならない」

 自由を擁護する人たち特有の困難に直面している領域がある。それは教育の領域である。子供たちは教育を受けるか否かを(子供が)選択する自由があると考えられたことはなかった。そうして,現在では,両親がこの選択の自由(子供に教育を受けさせるかどうかの自由)を持つべきだとは考えられていない。ミルは,国家は子供は教育されなければならないと主張すべきであるが,国家自体が教育を行うべきではないと考えていた。けれども,ミルは,教育はどのようになされるべきかについては言うことをあまり持ちあわせていなかった。彼が現在この問題について執筆しているとすれば,どのようなことを言うか考察してみよう。
 まず原理的問題,すなわち,自由の愛好者は,学校で(子供に対し)どのような教育が行われるのを見たいかについて尋ねることから始めよう。理想的ではあるがいくらかユートピア主義的な回答は,生徒が行わなければならないようなことに関する論争的な問題についてはできるだけ合理的な判断を下せるように子供を教育すべきだ,ということであろう。このことは一方では(裁判官のように)公平な思考習慣の訓練を,また,他方では知識の偏らない供給を,必要とする。このようにして,生徒は大人になる途上で,真に自由な選択への準備ができるであろう,我々は子供に自由を与えることはできないが,自由への準備を与えることはできる。そうして,これは,教育がなすぺきことである

There is one sphere in which the advocate of liberty is confronted with peculiar difficulties. I mean the sphere of education. It has never been thought that children should be free to choose whether they will be educated or not; and it is not now held that parents ought to have this freedom of choice. Mill thought that the State should insist that children should be educated, but should not itself do the educating. He had, however, not very much to say about how the educating should be done. I will try to consider what he would say on this subject if he were writing now.
Let us begin by asking the question of principle, namely, what should a lover of liberty wish to see done in the schools? I think the ideal but somewhat Utopian answer would be that the pupils should be qualified as far as possible to form a reasonable judgment on controversial questions in regard to which they are likely to have to act. This would require, on the one hand, a training in judicial habits of thought; and, on the other hand, access to impartial supplies of knowledge. In this way the pupil would be prepared for a genuine freedom of choice on becoming adult. We cannot give freedom to the child, but we can give him a preparation for freedom; and this is what education ought to do.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-230.HTM

<寸言>
国家は子ども(や子ども以外の必要な者)に教育の機会を提供しなければならないが、その内容に直接口をはさむべきではない、という考え方。教科書検定などもってのほか。

「権力の監視」を怠る国民は権力の餌食になる

 我々の立法(法律)におけるこれらの中世時代精神の遺物よりもずっと重要なものは,不当な権力の問題である。18, 19世紀の自由主義を招来させた(もたらした)のはこの問題であった。(当時の)人々は王権に反抗し,宗教的迫害の行われている諸国においては,(キリスト)教会の権力に反抗した。また,外国の支配に反抗する強い民族感情のあるところでは,どこにあっても,外国による支配に反抗した。概して,これらの目的は成功裡に成し遂げられた。君主(王)は大統領に取って代わられ,宗教的迫害はほとんどなくなり,ヴェルサイユ条約は国籍自由の原則(liberal principle of nationality)を実現するためになしうることを行なった。
 それにもかかわらず,世界は天国にはならなかった。自由はかつてよりも少くなり,多くはならなかったことを,自由の愛好者たちは,気がついた(発見した)。過去において自由の大義に勝利をもたらしたスローガンや戦術は,新しい状況には適用できず,自由主義者たちは新しい形の専制を擁護する進歩的と思われた人たちによって見棄てられていることを知った。王や僧侶や資本家たちは,概して,流行遅れのボギー車だった。現代の危機を代表するものは官僚(役人)である官僚(役人)の権力に対抗して,個人はほとんど何もできない。組織のみが組織と闘うことができる。(現代の)我々は,モンテスキューの(唱える)権力の分立(分割)の考えを,ただし新しい形で,復活させなければならないと,私は考える。
たとえば,社会主義者の心を支配している労働と資本との闘いを考えてみよう。社会主義者たちは,彼らが闘っている諸悪は,資本の力が国家の手中に渡れば消滅する,と想像した。これはロシアにおいて、組織労働者の同意のもとに行われた。これ(資本の国有化)が行われるやいなや,労働組合は独立した権限を奪われ,労働者たちは以前よりももっと完全に奴隷化されたことに気づいた。何らかの自由への抜け穴(逃げ道)を残すという問題の一元的な解決法は存在しない。自由を愛する人々が支持できる唯一の可能な解決法は,絶対的でない拮抗する勢力があり,どの権力も危機においては世論(公衆の意見)に注意を払わざるをえないといった解決法でなければならない。このことは,実際には,労働組合が組合執行部の(経営者からの)独立を確保しなければならないということを意味している。職を得る時に労働組合に属さなければならない人たちによって享受される自由は,不十分かつ不完全であることは疑い得ない。しかし,それは現代産業が許容できる最善のものであるように思われる。
(訳注:中村秀吉訳『(ラッセル)自伝的回想』では,the liberal principle of nationality のところを「ヴェルサイユ条約は民族的独立の自由の原則を実現するために・・・」と,苦しい訳となっている。nationality は「国籍」と訳すのが素直な訳であるが,中村氏には,国籍は一つに決まっているという思い込みがあったために,このような訳になったのではないか?)
参考:https://kotobank.jp/word/%E5%9B%BD%E7%B1%8D%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%89%87-1317025
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%B1%8D#.E5.9B.BD.E7.B1.8D.E8.87.AA.E7.94.B1.E3.81.AE.E5.8E.9F.E5.89.87

Of much greater importance than these remnants of medievalism in our legislation, is the question of unjust power. It was this question which gave rise to the liberalism of the eighteenth and nineteenth centuries. They protested against the power of monarchs, and against the power of the Church in countries where there was religious persecution. They protested also against alien domination wherever there was a strong national sentiment running counter to it. On the whole, these aims were successfully achieved. Monarchs were replaced by presidents, religious persecution almost disappeared, and the Treaty of Versailles did what it could to realize the liberal principle of nationality. In spite of all this, the world did not become a paradise. Lovers of liberty found that there was less of it than there had been, not more. But the slogans and strategies which had brought victory in the past to the liberal cause were not applicable to the new situation, and the liberals found themselves deserted by the supposedly progressive advocates of new forms of tyranny. Kings and priests and capitalists are, on the whole, outmoded bogies. It is officials who represent the modern danger. Against the power of officials, single individuals can do little; only organizations can combat organizations. I think we shall have to revive Montesquieu’s doctrine of the division of powers, but in new forms. Consider, for example, the conflict of labor and capital which dominated the minds of Socialists. Socialists imagined that the evils they were combating would cease if the power of capital was put into the hands of the State. This was done in Russia with the approval of organized labor. As soon as it had been done the trade unions were deprived of independent power, and labor found itself more completely enslaved than ever before. There is no monolithic solution of this problem that will leave any loop-hole for liberty. The only possible solution that a lover of liberty can support must be one in which there are rival powers, neither of them absolute, and each compelled in a crisis to pay some attention to public opinion. This means, in practice, that trade unions must preserve their independence of the executive. Undoubtedly the liberty enjoyed by a man who must belong to his union if he is to obtain employment is an inadequate and imperfect liberty; but it seems to be the best that modern industries can permit.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-220.HTM

<寸言>
「権力の監視」を怠る国民は権力の餌食になりやすいということ。
政治にあまり関心がなく、権力の暴走を日頃チェックしていなければいつのまにか官僚や権力の力が増大し、個人の自由は減っていく。社会が複雑になればなるほど整備される法律は複雑になり、いつの間にか社会において力をもっている集団の都合が良いように法律tが「整備」されていってしまう。日頃自分の頭で考える習慣を養っていない者は、権力者や権力に追従する者の宣伝にのり、自分で自分の首をしめる行為や判断をしてしまっても気づかない。

「同性愛」に関するミルの見解

 ミルの原理が既存の法律を非難する第二の問題は,同性愛である。二人の成人(大人)が自発的に同性愛関係に入るならば,それは彼らにのみ関係したことであり,従って,社会の関与すべきことではない。もし仮に,そのような行為に対し寛容であること社会をソドムとゴモラ(旧約聖書の『創世記』に登場する都市で,「性の乱れ」を理由に,天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされる都市)の運命にさらすことになるだろうということが,かつてと同じく現在もいまだに信じているのであれば,社会は干渉するあらゆる権利を保有することになろう。だが社会は,そのような行為が邪悪だと考える根拠のみによって,干渉する権利をもっていない。刑法は,欲せざる被害者に加えられる暴力や詐欺行為を防ぐために発動されることは正しいであろうが,どのような被害(損傷)があろうとも,それが,自分(agents 行為者本人)は成人(大人)であると常に考える行為者によってのみなされる時には (注:強制されてではなく,成人した者が進んで同性愛行為をしている場合は),刑法を発動するべきではない。(注:現在では多くの国でこのような考え方が認めれるようになってきているが,1955年当時においては,このような考え方は社会を混乱・腐敗させるものだと考えられていたことに注意)

The second matter in which Mill’s principles condemn existing legislation is homosexuality. If two adults voluntarily enter into such a relation, this is a matter which concerns them only, and in which, therefore, the community ought not to intervene. If it were still believed, as it once was, that the toleration of such behavior would expose the community to the fate of Sodom and Gomorrah, the community would have every right to intervene. But it does not acquire a right to intervene merely on the ground that such conduct is thought wicked. The criminal law may rightly be invoked to prevent violence or fraud inflicted upon unwilling victims, but it ought not to be invoked when whatever damage there may be is suffered only by the agents always assuming that the agents are adults.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-210.HTM

<寸言>
「産めよ増やせよ」というのが聖書の重要な教え。同性愛が非難されたのは、多分、同性愛からは子どもが生まれないからではないか?

何を「みだら」と感じるかは時代によって変わっていく

 私は,ミルが今(現代に生きていて)本を書いているとすれば,警察が最近前面に持ちだした2つの問題をさらなる実例として選ぶであろうと考える。その一つは「猥褒」文学である。この問題に関する法律はひどく漠然としている。実際,もしそれに関する法律が存在すべきであるならば,まったく漠然とならざるをえないだろう。実際,(審理にあたる)治安判事(警察裁判所判事)にたまたまショックを与えるいかなるものも猥襲であり,治安判事にショックを与えないものだとしても,最近『デカメロン』訴訟で起きたように,無知な警官でショックを受ける者がいれば,告発の対象となるかもしれない(参考:1954年7月31日付のメルボルン発行の新聞 The Argus に掲載された,ラッセルのコメント記事:http://trove.nla.gov.au/ndp/del/article/23416151)。このような法律の害悪のひとつは,当該判事が少年の時に,もしそのような知識は有益ではないと考えられたとすれば,有用な知識を広めるのを妨げることである。我々の大部分の者は,この点に関しては,事態は改善されつつあると考えていたが,最近の経験(事件)は我々に疑いをもたせた。ある成人が馴れていない事物に触れるとき経験する驚きの感情が,犯罪の告発に十分な基礎となるとは,私は考えることはできない

I think if Mill were writing now he would choose in further illustration two matters which the police have recently brought to the fore. The first of these is “obscene” literature. The law on this subject is exceedingly vague; indeed, if there is to be any law about it, it cannot well help being vague. In practice, anything is obscene which happens to shock a magistrate; and even things which do not shock a magistrate may become the subject of prosecution if they happen to shock some ignorant policeman, as happened recently in the case of the Decameron. One of the evils of any law of this sort is that it prevents the diffusion of useful knowledge if such knowledge was not thought useful when the magistrate in question was a boy. Most of us had thought that matters were improving in this respect, but recent experience has made us doubtful. I cannot think that the feeling of shock which an elderly man experiences on being brought in contact with something to which he is not accustomed is a sufficient basis for an accusation of crime.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-200.HTM

<寸言>
昔は、「若い」女性の太ももが見えるような服装は「猥褻」であった。今は、多くの週刊誌のグラビアには・・・。