第15章 権力と道徳律 n.24

 私は以前(『宗教と科学』という著書の中で)、本質的価値についての判断の解釈は,一つの主張としてではなく,人類の諸欲求に関する一つの欲求の表現として解釈すべきだということを提案した(注:欲求を欲求というと変に聞こえるが,ここは「価値に関する主張や命題は,人類のいろいろな欲求 (desires of mankind) が ~ であってほしいという一つの欲求の表現であると解釈すべきだとラッセルは提案しているととるべきであろう。)。私が「憎しみ(憎悪すること)は悪だ」という時,私が本当に(実際に)言っているのは「憎しみ(憎悪)を感ずる人がいなければよい」と私は願う、ということである。(そのなかで)私はまったく主張はしていない。私はある種の願望を表現しているだけである。これを聞いた人が,私がこのような願望を懐いでいると推測する(gather)ことは差支えないが,しかしこれは聞き手の推測しうる唯一の「事実」であって,心理学の事実(心理学上の事実)である。そこには倫理学の事実(倫理学上の事実)は全く無い。  倫理上の偉大な革新者は,他の人々よりも物を「知っていた」人々ではなかった。彼ら(偉大な革新者たち)は(他の人々よりも)より多くの願望を懐いていた人々であり,もっと正確にいえば,その欲求が,他の人々よりも,非個人的でありかつより広範な人々であった。大部分の人たちは自分自身の幸福を望む(欲求する)。かなりの人たちは自分たちの子供の幸福を望む(欲求する)。自国民の幸福を望む人も少なくはない。心から強く全人類の幸福を望む人もいくらかいる。こうした人々(全人類の幸福を望む人々)は,他の多くの人がこのような感情をまったく持っていないことを知り,また,このようなことが普遍的な福祉に対する障害をなしていることを知って,他の人々も自分たちと同様に感じてくれたらと願う。(そうして)このような願望は「幸福は善である」という言葉によって表現することができる(のである)。

Chapter 15: Power and Moral Codes, n.24 I have suggested on a former occasion (in Religion and Science) that a judgment of intrinsic value is to be interpreted, not as an assertion, but as an expression of desire concerning the desires of mankind. When I say “hatred is bad,” I am really saying: I “Would that no one felt hatred.” I make no assertion; I merely express a certain type of wish. The hearer can gather that I feel this wish, but that is the only fact that he can gather, and that is a fact of psychology. There are no facts of ethics. The great ethical innovators have not been men who knew more than others; they have been men who desired more, or, to be more accurate, men whose desires were more impersonal and of larger scope than those of average men. Most men desire their own happiness ; a considerable percentage desire the happiness of their children; not a few desire the happiness of their nation; some, genuinely and strongly, desire the happiness of all mankind. These men, seeing that many others have no such feeling, and that this is an obstacle to universal felicity, wish that others felt as they do; this wish can be expressed in the words “happiness is good’.
 出典: Power, 1938.
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