国民性についての一般化は、女性についての一般化とまったく同様によくあることであり、また、まったく同様に、根拠のないものである(unwarranted)。1870年まで、ドイツ人は眼鏡をかけた学者先生の(ような)国民であり、あらゆるものを自分達の内なる意識から発展させ、外部の世界(外界)についてはほとんど知らない国民である、と考えられていた(訳注:観念的な国民であり、頭でっかちということ)。しかし、、1870年より以降(訳注:1871年以後/1871年にプロイセンを中心としたドイツ帝国成立)はこの概念(考え)はきわめて急角度に修正さなければならなかった。フランス人は大部分の米国人から、絶えず好色な不義密通にふけっていると思われているようである。(たとえば)ウォルト・ホイットマン(Walter Whitman, 1819-1892:米国の民衆詩人で詩集『草の葉』は有名)は、彼のカタログの一つのなかで、「密かに(on the sly)長椅子(settee)で姦通するフランス人カップル」のことをのべている。
(訳注 catalogue:ホイットマンはその多くの詩において過剰とも言うべき物事の羅列-いわゆる「カタログ」と呼ばれる文体を試みているとのことです/「on the sly settee」という表現がよく理解できず、ChatGPTに質問してみましたが、納得のいく回答がありませんでした。普通の文ではなく、詩の中の一部なので、補って想像をたくましくするようにするよりなさそうです。「長椅子でフランス人カップルがひっそりと不倫にふけているというシチュエーションであることは確かなようです。) フランスにいってすむアメリカ人は、家庭生活の強さ(家族の絆の強さ)に驚き、もしかすると(奔放な恋愛を求めて渡仏したフランス人は)失望するかも知れない。 ロシア革命以前、ロシア人は神秘的なスラブ魂をもっていると信じられており、。このスラブ魂は、(一方では)ロシア人に普通の分別ある行動をとることができないようにしたけれども、(他方では)ロシア人に、より実際的な国民が到達することを望むことがでできない一種の深い知恵を与えた、と信じられていた。(しかし)突然、全てのものが変わった。(即ち)(革命後のロシアでは)神秘主義は禁制(タブー)となった。そしてただ最も世俗的な理想だけが許容された(were tolerated)。一つの国民か らみて、他国民の国民性とみえるものは、少数の目立った個人か、あるいはたまたま権力を持つようになる階級によるものだ、というのが真相である。それゆえ、この問題についての一般化は何らかの重大な政治的変化によって完全にくつがえされやすいのである。
Outline of Intellectual Rubbish (1943), n.46
Generalizations about national characteristics are just as common and just as unwarranted as generalizations about women. Until 1870, the Germans were thought of as a nation of spectacled professors, evolving everything out of their inner consciousness, and scarcely aware of the outer world, but since 1870 this conception has had to be very sharply revised. Frenchmen seem to be thought of by most Americans as perpetually engaged in amorous intrigue; Walt Whitman, in one of his catalogues, speaks of “the adulterous French couple on the sly settee.” Americans who go to live in France are astonished, and perhaps disappointed, by the intensity of family life. Before the Russian Revolution, the Russians were credited with a mystical Slav soul, which, while it incapacitated them for ordinary sensible behavior, gave them a kind of deep wisdom to which more practical nations could not hope to attain. Suddenly everything was changed: mysticism was taboo, and only the most earthly ideals were tolerated. The truth is that what appears to one nation as the national character of another depends upon a few prominent individuals, or upon the class that happens to have power. For this reason, all generalizations on this subject are liable to be completely upset by any important political change.
Source: Outline of Intellectual Rubbish (1943)
Reprinted in: Unpopular Essays, 1950
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ほとんど皆、男女とも、女性の問題に関して何らかの全く正当化できない一般化を自分自身に許している(allows himself or herself)。既婚の男は、この問題にかんして一般化する際、自分の妻によって判断する。女性は自分自身によって判断する。男性の女性観の歴史を執筆することは面白いことだろう。古代においては、男性の(女性に対する)優位が疑問とされず、キリスト教倫理がまだ知られていなかった時には、女性は害がないものであるがかなり愚かである[とされ〕、女性についてまじめに考える男はいくらか軽蔑された。プラトンは、劇作家が女性の役を創作する際に、女性を模倣(マネ)なければならないのは、演劇に対する重大な異議(a grave objection)であると考えている。キリスト教の到来とともに女性は一つの新しい役割を得た。それは誘惑する女(the temptress)という役割である。しかし同時に、女性はまた聖人にもなることもできることを発見した(自己発見)。ビクトリア朝時代には、女性は、誘惑する女性としてよりも、聖人としての方が、ずっと強調された(訳注:ビクトリア女王が国王だったことが影響したか?)。ビクトリア朝時代の男は自分は誘惑されやすいなどと認めることはできなかった。女性の(男性よりも)優れた美徳は、女性を(汚い)政治から遠ざけておく理由の一つにされた。政治の世界は高尚な美徳は不可能であると考えられたのである。しかし、初期のフェミニスト達(女権拡張論者達)はこの論法をひっくり返し(逆にして)、女性の政治参加は政治を高尚なものにするだろうと主張した。それが幻想であることがわかってからは、女性の優れた美徳のことはあまり話題にされなくなったが、いまだなお、、女は誘惑するものだという、修道僧的な女性観に固執している男性が多数存在している。女性達自身は、大部分、自らを分別ある性(sensible sex)であると考え、 男達の衝動的な愚行から生じる害を取り除くことが自分達の役割だと考えている。私としては、 女性についてあらゆるの一般化を、それが女性に対して好意あるものであろうとなかろうと、また男性の側からのものであろうと女性の側からのものであろうと、あるいは昔のものであろうと現代のものであろうと、いずれも信頼しない。いず 不足からするものな のであろうと、いずれも信頼しない。これらはすべて同様に、経験不足から生じるものだと言うべきだあろう。