第18章 「批評に対する若干の返答」その4_ 「心とは何か」05


 ライル教授内観( introspection 内省)を知識のひとつの源泉として否定する(認めない)という点で行動主義者とつながる。彼は、本書を、行動主義についてのある議論で終えており(終えているが)、その議論の中で、行動主義の擁護者と自分との意見が一致しない唯一の点は、行動主義者達が機械論的説明を信じているのに対し自分はそれを信じていないことである、と述べている機械論(Mechanism)もまた彼が無頓着な独断主義(的態度)で扱う事柄のひとつである。彼が 機械論について語る時、彼は古風なビリヤードボールの機械論(訳注:ニュートン物理学の機械論)を考えており、(訳注:量子力学などの影響を受けて)物理学者がそういう古風な機械論を捨てて以降は、物理学者も機械論を捨ててしまっている、と彼(ライル教授)は考えているように思われる(訳注:現代の物理学者もマクロな世界については、従来どおり、ニュートン力学が成立することを認めていることに注意)。彼は現代的意味での機械論をしりぞける根拠をまったく示していない議論に値する問いはこうである。(即ち)物理学の諸方程式は、ある所与の時刻におけるエネルギー分布に関するデータが結び付けられると(結び付けられた場合)、それはある最小の大きさ以下でない物質の部分に対して、それまでに起ったこととそれ以後に起るであろうこととを決定するに十分であるか(という問いである)。問題を具体的に述べると、話すということは物質のマクロな運動を伴うので、理想的に有能な物理学者ならば、 何某(誰々)が死ぬまでに語るであろうことを、計算することができるであろうか?(訳注:話すという行為も含めあらゆる行為には物理的な運動が伴っており、そのことからいろいろなことが推論できるということに注意) 私はこの問いの答を知っているとは主張しない。しかし、ライル教授は知っていると主張している(ことになる)。私は彼がその理由を我々に教えてくださればと願う

Chapter 18,n.4: What is mind?, n.5
Professor Ryle’s denial of introspection as a source of knowledge links him with the Behaviourists. He ends his book with a discussion of Behaviourism in which he says that the only point on which he disagrees with its advocates is that they believe in mechanistic explanations and he does not. Mechanism is another of the matters that he treats with cavalier dogmatism. When he speaks of it, he seems to be thinking of the old-fashioned billiard-ball mechanism and to think that since physicists have abandoned this, they have abandoned mechanism. He never gives any reason for rejecting mechanism in the modern sense of the word. The question that deserves to be discussed is this: do the equations of physics, combined with data as to the distribution of energy at some given time, suffice to determine what has happened and will happen to portions of matter not below a certain minimum size? To make the question concrete: since speaking involves macroscopic movements of matter, could an ideally competent physicist calculate what So-and-so will say throughout the rest of his life? I do not profess to know the answer to this question, but Professor Ryle does. I wish he had condescended to give us his reasons.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell, chapter XVIII
  More info.: https://russell-j.com/beginner/BR_MPD_18-380.HTM

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