ラッセル『私の哲学の発展』第14章 普遍者、個別者、固有名 n.17

 私は日常言語において、また文法において、「ソクラテス」を名として認めることを拒否すべきだと言おうとしているのではない。(訳注:I do not suggest that ・・・と言うつもりはない。)しかし、認識論的観点から言えば、ソクラテスについての我々の知識は、 我々が熟知している事物についての知識とは非常に異なったものである。実際(事実)、ソクラテス について我々が知る全てのことは、彼の名の代りに彼についての何らかの記述を置く(代入する/割り当てる)ことによってのみ、十分に述べることができる(のである)。なぜなら、、(現在の)我々が「ソクラテス」という語が何を意味するかは、ただ記述によってのみ理解できるからである。  私は、もし我々がひとつの文の意味するところを理解できるのであるならば、その文は、我々が熟知しているものを指示する語、あるいはそういう語によって定義できる語のみからなりたっていなければならないという趣旨の(ひとつの)原理 - 現在でも完全に妥当だと私には思われる(ひとつの)原理 - をずっと主張して来た。(ただし)論理語、たとえば「あるいは」 (or) ,「ない」 (not) ,「ある」 (some) 「すべて」 (all) などについては、 もしかすると、この原理にいくらか制限を加えることが必要かも知れない。そこでこの原理を、変項をまったく含まずかつ文を部分としてもたないような文、にのみあてはまると考えることにより、そういう制限の必要性を排除することができる。そしてその場合、我々はこう言ってよいだろう。即ち、もし我々の文が、ひとつの主語にひとつの述語を帰する場合、あるいは二つ以上の項の間にひとつの関係があると主張する場合は、主語を示す語または関係の項を示す語は、最も狭い意味での固有名でなければならない(と)

Chapter 14, n.17 I do not suggest that in ordinary language or in grammar we should refuse to regard ‘Socrates’ (say) as a name, but, from an epistemological point of view, our knowledge about him is very different from our knowledge of things with which we are acquainted. In fact, everything that we know about Socrates can only be stated fully by substituting some description of him in the place of his name, since, for us, it is only from the description that we understand what the word ‘Socrates’ means. I have maintained a principle, which still seems to me completely valid, to the effect that, if we can understand what a sentence means, it must be composed entirely of words denoting things with which we are acquainted or definable in terms of such words. It is perhaps necessary to place some limitation upon this principle as regards logical words – e.g. or, not, some, all. We can eliminate the need of this limitation by confining our principle to sentences containing no variables and containing no parts that are sentences. In that case, we may say that, if our sentence attributes a predicate to a subject or asserts a relation between two or more terms, the words for the subject or for the terms of the relation must be proper names in the narrowest sense.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell  
 More info. https://russell-j.com/beginner/BR_MPD_14-170.HTM

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