私は,1914年の春に米国ボストンにおいて,ローウェル記念講義を行うとともにハーバード大学で哲学の短期非常勤講師を務めるように,との招請を受けた(注:Abbott Lawrence Lowell, 1856-1943: 当時ハーバード大学学長),。私は,ローウェル記念講義の主題(「外部世界に関する人間の知識」 )を公表したが,何を話したらよいかまったく思い浮かべることができなかった。私は,(テムズ川上流にある)マウルスフォードの ‘The Beetle and Wedge’のパーラー(上記写真)によく座り,「外部世界に関する人間の知識」 --このテーマで近い内に一連の講義をしなければならなかった。-- について,話すべきこととして何があるだろうかと,思案した。
私は,1914年の元日に,ローマからケンブリッジに戻った。そうして,本当に講義の準備をしなければならない時期が来たと思ったので,その翌日に速記タイピストに来てもらうよう手配した。ただし,彼女が来たら何を言うか,その時はまったく何の考えも持ちあわせていなかった。彼女が部屋に入って来た時に,私の考えはしかるべく定まった。そうしてその瞬間から仕事が完結するまで,完璧に整然とした順序で,口述した(注:このように,口述したものを速記タイピストに打たせ,ほとんど修正しないで出版するやり方は,専門書ではない,いわゆる ‘popular books’ の大部分に以後採用されるようになる)。私が彼女に口述したものは,後に単行本として,「哲学における科学的方法の一適用分野としての,外界についての知識」(1914)という書名で出版された。
I was invited to give the Lowell lectures in Boston during the spring of 1914, and concurrently to act as temporary professor of philosophy at Harvard. I announced the subject of my Lowell lectures, but could not think of anything to say. I used to sit in the parlour of ‘The Beetle and Wedge’ at Moulsford, wondering what there was to say about our knowledge of the external world, on which before long I had to deliver a course of lectures. I got back to Cambridge from Rome on New Year’s Day 1914, and, thinking that the time had come when I really must get my lectures prepared, I arranged for a shorthand typist to come next day, though I had not the vaguest idea what I should say to her when she came. As she entered the room, my ideas fell into place, and I dictated in a completely orderly sequence from that moment until the work was finished. What I dictated to her was subsequently published as a book with the title Our Knowledge of the External World as a Field for Scientific Method in Philosophy.
出典:The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 7: Cambridge Again, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB17-120.HTM
[寸言]
ラッセルが1914年に出した Our Knowledge of the External World は,通俗本 (popular books)ではないが、一般の人が理解できるように、読みやすい文体や言葉で書かれている。こういった哲学の本を口述し、ほとんど修正なしにそのまま出版できるラッセルの能力は驚くべきものである。
もっと驚くべきは、哲学以外の幅広い分野・主題に関する専門的な事柄に対する理解力である。ラッセルの著作は、論理学や数学関係の(ラッセルの)専門の分野だけでなく、言語学、また、『相対性理論入門』や『原子のABC』のような物理学の専門的内容を初心者でもわかるように書いたもの、科学論、それから、政治学、経済学、社会学、平和論等のような社会科学関係の本、さらに教育論、2冊の小説など、とても一人の人間が書いたとは信じられない。
もちろん、Principia Mathematica のように論理記号の羅列が延々と続くような多くの人が理解できない著作もあるが、専門的な分野の著作も、ほとんど一般人が読解できるものとなっているおかげで、我々は多くの恩恵を受けることができる。