人間の孤独 -心臓病による激痛で苦しむホワイトヘッド夫人を救えない自分

evelyn2 ホワイトヘッド夫人Evelyn Whitehead)は,当時しだいに病弱になりつつあり,心臓病のために常にはげしい痛みを感じていた。ホワイトヘッドとアリス(ラッセルの妻)と私は,3人とも,彼女のことが心配でならなかった。ホワイトヘッドは妻を深く熱愛していただけでなく非常に彼女を頼りとしていた。それゆえ,もし彼女が死ぬようなことがあれば,彼が今後も良い仕事をすることができるかどうか疑わしく思われた。

ある日,ギルバート・マーレイ(Gilbert Murray, 1866-1957)が,当時まだ出版されていなかった(エウリビデス作の)「ヒッポリュトス(Hippolytus)」(注:Euripides, B.C. 485?-406? 古代ギリシアの三大悲劇詩人のひとり)の(マーレイによる)翻訳の一部を(講義で)講読するために,(ケンブリッジの)ニューナム・コレッジヘ(Newnham)やって来た。アリスと私は,彼の講義を聴講にいった。そうして私は,その詩の美しさに深く感動した。

私たち夫婦が帰宅した時(注:『プリンキピア・マテマティカ』執筆当時,
ラッセル夫妻は,ホワイトヘッド夫妻の家に同居していた。),ホワイトヘッド夫人は,これまでにない激痛の発作に苦しんでいた。彼女は,苦悶の壁によって,全ての人や全てのものから遮断されてしまっているかのように見え,突如として,人間一人一人の魂は孤独であるという感情が私を圧倒した。結婚してから,私の情緒生活は穏やか’であるとともに,浅はかな’ものであった。深遠な問題はすべて忘れており,軽薄な如才なさに満足していた。(しかし)突然,大地が私の足下で崩れ去るように思え,そうしてそれ以前と全く異なった世界に自分がいるのを発見した。

5分もたたないうちに,ほぼ次のような内省が私の頭を駆け抜けた。

人間の魂の孤独は耐えられないものであり,また,宗教的導師が説いたような種類の愛が最高度になくしては,いかなるものも人間の魂に浸透することはできない。この愛の泉からわき出でたものでなければいかなるものも有害か,よくても無用である。その当然の結果として,戦争は間違っており,(英国の)パブリック・スクール式の教育は忌まわしいものであり,暴力の行使は非難されるべきである,また,人間関係において,人は,一人一人の人間の内なる孤独の核心にふれあうべきであり,語りかけるべきである。」

evelynMrs. Whitehead was at this time becoming more and more of an invalid, and used to have intense pain owing to heart trouble. Whitehead and Alys and I were all filled with anxiety about her. He was not only deeply devoted to her but also very dependent upon her, and it seemed doubtful whether he would ever achieve any more good work if she were to die. One day, Gilbert Murray came to Newnham to read part of his translation of The Hippolytus, then unpublished. Alys and I went to hear him, and I was profoundly stirred by the beauty of the poetry. (See letter to Gilbert Murray and his reply, p.159. Also the subsequent letters relating to the Bacchae) When we came home, we found Mrs. Whitehead undergoing an unusually severe bout of pain.
She seemed cut off from everyone and everything by walls of agony,
and the sense of the solitude of each human soul suddenly  overwhelmed me. Ever since my marriage, my emotional life had been calm and superficial. I had forgotten all the deeper issues, and had been content with flippant cleverness. Suddenly the ground seemed to give way beneath me, and I found myself in quite another region. Within five minutes I went through some such reflections as the following: the loneliness of the human soul is unendurable; nothing can penetrate it except the highest intensity of the sort of love that religious teachers have preached; whatever does not spring from this motive is harmful, or at best useless; it follows that war is wrong, that a public school education is abominable, that the use of force is to  be deprecated, and that in human relations one should penetrate to the core of loneliness in each person and speak to that.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 6,
Principia Mathematica, 1967]
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/AB16-030.HTM

[寸言]
愛し合い,お互いを必要としているホワイトヘッド夫妻においても,夫であるホワイトヘッドも,ホワイトヘッド夫人(Evelyn)を慕うラッセルも、、彼女が心臓病による激痛で苦しむ姿を目の当たりにしても,救ってあげることも、苦しみを和らげたりすることもできない。そうして、「人間はもともと孤独な存在だ」,だから「お互い助け合うことが必要だ」と実感するラッセル。

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