愛情を「義務化」してはならない-家庭においても、社会・国家においても


愛情と知識は,正しい行為をするための二つの主要な必要条件であると考えている。それでいて,道徳教育を論じる際に,これまで愛情については何も述べてこなかった。それはなぜかと言うと,正しい愛情は,種々な段階を通して意識的に目指されるものではなく,成長期の子供を適切に取り扱うことから自然に生まれてくる成果であるべきであると,私は考えるからである。

by Lady Ottoline Morrell, vintage snapshot print, 1923-1924
by Lady Ottoline Morrell, vintage snapshot print, 1923-1924

私たちは,いかなる種類の愛情が望ましいかについて,また,どの年頃にはどのような気質がふさわしいかについて,考えを明確にしておかなければならない。10歳ないし12歳から思春期にかけて,少年は,とても愛情が乏しくなりがちであり,彼の性質に(愛情を)押し付けても何も得ることはない。青少年時代を通じて,大人の生活におけるよりも(青少年は)同情を示す機会が少ない。それは,ひとつには,同情を効果的に表現する力が大人のようにないからであり,ひとつには,若い人は,多くの場合,他の人の利益は除外して(考えることなしに),生きていくために自分を訓練することを考えなければならないからである。
こういった理由で,私たちは,幼いときに愛情や同情という特質を早熟に無理に発達させようとするよりも,同情深く愛情のある大人を生み出すことに,もっと関心を持つべきであろう。私たちの問題は,性格の教育の問題がすべてそうであるように,科学的な問題であって,心理力学と称してもよい分野に属する。
愛情は,義務として存在できるものではない。即ち,子供に対して,両親や兄弟姉妹を愛すべきだと言うことは,有害ではないにせよ,まったく無益である。子供に愛されたいと望む親は,愛情を引き出すようにふるまわなければならず,また,豊かな愛情を生み出すような身体的及び精神的な特質をわが子に与えるように努めなければならない。

BR-1956I hold that love and knowledge are the two main requisites for right action, yet, in dealing with moral education, I have hitherto said nothing about love. My reason has been that the right sort of love should be the natural fruit resulting from the proper treatment of the growing child, rather than something consciously aimed at throughout the various stages. We have to be clear as to the kind of affection to be desired, and as to the disposition appropriate to different ages. From ten or twelve years old until puberty a boy is apt to be very destitute of affection, and there is nothing to be gained by trying to force his nature. Throughout youth there is less occasion for sympathy than in adult life, both because there is less power of giving effective expression to it, and because a young person has to think of his or her own training for life, largely to the exclusion of other people’s interests. For these reasons we should be more concerned to produce sympathetic and affectionate adults than to force a precocious development of these qualities in early years. Our problem, like all problems in the education of character, is a scientific one, belonging to what may be called psychological dynamics. Love cannot exist as a duty : to tell a child that it ought to love its parents and its brothers and sisters is utterly useless, if not worse. Parents who wish to be loved must behave so as to elicit love, and must try to give to their children those physical and mental characteristics which produce expansive affections.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 11: Affection and Sympathy
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE11-010.HTM

[寸言]
BR-1944 親子愛、兄弟愛、郷土愛、愛国心、その他、愛(情)を義務化することは,その愛(情)を破壊することである。お互いの関係や社会‥国家との関係がよければそういった愛情は自然に育まれてくるはずである。親子愛でも愛国心でも、愛(情)を強制しようとする者は、愛(情)に失敗した者であろう。

因みに、自民党の新憲法草案では、[愛国心だけでなく)次のように家族愛も義務化しようとしている。おろかな集団である。(憲法は第一に守らなければならないものであるため、たとえば、家族同士が助けあっていない者に対しては、生活保護を与えなかったり、カットしたりすることが「可能」となる。)

自民党の新憲法草案
1 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。
家族は、互いに助け合わなければならない。

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