同年輩(同年齢)の仲間の重要性


children_equal-relationship 愛情深い親は,度を越えた気ままを許すような環境を作り出し,愛情のない親は自発性が押さえつけられるような環境を作り出す。自由な競争や対等な協力において,自発性への視野(機会)を与えられるのは,同年輩の仲間のみである。暴虐な行為を伴わない自尊心,奴隷根性を伴わない思いやりは,対等の仲間との付きあいの中で学ぶのが一番よい。
以上のような理由で,親がどれほど気を配ったとしても,少年少女に対して,良い学校で得られるのと同じような利益を家庭で与えることはできない。

Affectionate parents create a too indulgent milieu; parents without affection create one where spontaneity is repressed. It is only contemporaries who can give scope for spontaneity in free competition and in equal co-operation. Self-respect without tyranny, consideration without slavishness, can be learnt best in dealing with equals. For these reasons no amount of parental solicitude can give a boy or girl the same advantages at home as are to be enjoyed in a good school.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 10: Importance of Other Children
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE10-050.HTM

[寸言]
jyuken-kyoso 上位の学校(小学校から有名中学へ、中学から有名高校へ)へできるだけ多くの生徒を合格させることが中心の学校教育にあっては、ラッセルの言うような生徒同士の思いやりは余り育たないであろう。
もちろん、同じレベルの学力の子ども同士には、そのような学校でも友情関係は育つ可能性はあるであろうが、生徒の良し悪しが学校での成績で決まったり、どの上位の学校にどれだけの生徒を進学できるかによってその学校の価値が決められてしまうようでは、長い目でみれば社会にいろいろな害悪をもたらすに違いない。
しかし、日本のマスコミは、内実は余り問わずに、たとえば、大学の場合であれば、どの大企業や重要官庁にどれだけ進ませることができるかで、各学校の評価や順位付けをしようとする。だから、予備校だけでなく、学校も含め、「受験産業」と呼ばれ・・・。

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