論理学は人間の推理の間違いをなくすためには効果的。しかし・・・


SOCRATES 科学的推理はそれが正当であるためには経験によっては確からしいとさえ言えない諸原理を必要とするということは,確率の論理からの不可避の結論である,と私は信じる(注:帰納法の限界及び絶対的真理でないものの確からさは確立が高いか低いかの問題)。それは,経験論(経験主義)にとっては,やっかいな結論である。しかし,私は,この結論は本書(Human Knowledge, 1948)の第二部で行う「知識」の概念の分析によって,もう少し快適な(←味の良い)ものにすることができると考える。「知識」は,私の意見では,一般に考えられているよりずっと不精確な概念であり,大部分の哲学者が進んで認めようとしてきた以上に,言語化されない動物の行動のなかにずっと深く根をおろしているものである。(注:チョムスキーの生成文法の理論に通じるところがある!) 我々の分析が導くところの論理的に基本的な諸仮定は,心理学的には,「ある種の臭いをもったものは食べられる」というような動物に見られる期待の習慣から出発する,一連の長い洗練過程の終端に存在するものである。それゆえ,我々が,科学的推理の要請(基本仮定)を「知っている」かどうかを問うことは,見かけほど確定的な問題ではない。その答は,ある意味では我々は知っており,ある意味では知らない,といったものに違いない。しかし,「知らない」というのが正しい答とするならば,その意味においては,我々は,何であれ何も知らないのであり,この意味では「知識」は幻覚である。哲学者たちが困惑するのは,かなりの程度まで,彼らが幸福な夢から覚めたがらないためである。

That scientific inference requires, for its validity, principles which experience cannot render even probable, is, I believe, an inescapable conclusion from the logic of probability. For empiricism, it is an awkward conclusion. But I think it can be rendered somewhat more palatable by the analysis of the concept of “knowledge” undertaken in Part II . “Knowledge”, in my opinion, is a much less precise concept than is generally thought, and has its roots more deeply embedded in unverbalized animal behaviour than most philosophers have been willing to admit. The logically basic assumptions to which our analysis leads us are psychologically the end of a long series of refinements which start from habits of expectation in animals, such as that what has a certain kind of smell will be good to eat. To ask, therefore, whether we “know” the postulates of scientific inference, is not so definite a question as it seems. The answer must be: in one sense, yes, in another sense, no; but in the sense in which “no” is the right answer we know nothing whatever, and “knowledge” in this sense is a delusive vision. The perplexities of philosophers are due, in a large measure, to their unwillingness to awaken from this blissful dream. From: Human Knowledge, its scope and limits, 1948, introduction. http://russell-j.com/cool/39T-0102.HTM
出典: Human Knowledge, its scope and limits, 1948, introduction.
詳細情報:http://russell-j.com/cool/39T-0102.HTM

[寸言]
知っていると思っていても、いかに確実な知識と言えるものが少ないことか? そうは言っても、できるだけ間違いを少なくして、確からしい推論をしたい。論理学(記号論理学)は,我々の推論や思考が間違っている場合はそれは間違っているということを示してくれる。しかし、論理学が正しいと言っている(保証する)ものは、A=A(同語反復)ということにすぎず、それ自体は無味乾燥なもので思ったほど実際の役にたたず、論理学だけでは不十分である。人間に役立つ、間違いの少ない科学的な推理を行うための基本的な原理は何だろうか。ラッセルは、そこで、『人間の知識』(みすず書房)において、科学的推理のための5つの公準をあげる。

長くなるのでこれでやめておきます。興味のある方は、みすず書房刊の『人間の知識』を公共図書館で借りてお読みください。なお、ウィキペディアにもこの5つの公準が簡単に紹介されています。『人間の知識』の方を読まないとよくわからないだろうと思われますが・・・。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB

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