鉄道歩道橋に立ち、しばしば自殺衝動に駆り立てられるラッセル

TPJ-ABR1 1902年から1910年までの間、非常に厳しい知的な仕事と結び合わさって、不幸であることによる緊張(疲労)は、とても大きなものであった(ラッセル注:「自伝」pp.211-212 にわたって載せてある私のルーシー宛の手紙を参照)。その頃私は、自分が入りこんでいると思われるトンネルのもう一方の先(出口)からはたして抜けだすことができるかどうか、しばしば思案した。私はよく、オックスフォード近くのケニントン(Kennington)にある歩道橋の上に立ち(注:下の白黒写真は、架け替えられる前の、当時のケニントンの鉄道歩道橋/1923年に架けかえらえている。)、通過する汽車を跳め、明日こそは汽車の下に身をなげだそうと決意した。しかし、翌日になるといつも、多分『プリンキピア・マテマティカ』はいずれ完成するだろうと望んでいる自分を見出した。さらに、その困難は、私に対する挑戦状であり、それに立ち向かって克服しないのは臆病だろうと思われた。そこで私は中断せずにその仕事を続け、遂に完了した。しかし、私の知性は、緊張から完全に回復することは決してなかった。私は、それ以来、難しい抽象的な問題を扱う能力は、以前よりずっと衰えてしまった。これは --決して全ての理由ではないが-- 私の仕事の性質が変化した理由の1つであった。

Kennington_railway-bridgeThe strain of unhappiness combined with very severe intellectual work, in the years from 1902 till 1910, was very great. (See my letters to Lucy on pp.167ff.) At the time I often wondered whether I should ever come out at the other end of the tunnel in which I seemed to be. I used to stand on the footbridge at Kennington, near Oxford, watching the trains go by, and determining that tomorrow I would place myself under one of them. But when the morrow came I always found myself hoping that perhaps Principia Mathematica would be finished some day. Moreover the difficulties appeared to me in the nature of a challenge, which it would be pusillanimous not to meet and overcome. So I persisted, and in the end the work was finished, but my intellect never quite recovered from the strain. I have been ever since definitely less capable of dealing with difficult abstractions than I was before. This is part, though by no means the whole, of the reason for the change in the nature of my work.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 6: Principia Mathematica, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB16-150.HTM

[寸言]
ラッセルは3歳までに両親がなくなり、その後、祖父母(注:祖父は2度英国首相を務めたジョン・ラッセル)に引き取られ、ずっと祖母に育てられることになる。さびしくて孤独な少年時代を過ごし、「不幸感」から何度も自殺したいという思いに駆られた。
『プリンキピア・マティマティカ(数学原理)』執筆の時も自殺衝動に駆られたが、第一次世界大戦の勃発により、自分が全身全霊を打ち込める反戦運動にかかわることにより、それ以後は、自殺衝動は消えていった。
ラッセルは貴族で裕福であり恵まれているので学問・研究にゆったりとはげむことができたのだ、というイメージを持っている人が少なくないようである。そのような方は是非『ラッセル自伝』(The Autobiography of Bertrand Russell, 3 vols. を読むことをお薦めしたい。