ラッセル『権力-その歴史と心理』第一章 n.3

 第1章 権力衝動 n.3:道徳が必要となる要因

 動物は生存と生殖(だけ)で満足する一方,人間は(存在や生殖だけでなく)同時に(それら以外に)拡張したいと思う。この点,人間の欲求(欲望)は,想像することが可能なものとして心に浮かぶかどうかという以外に制限するものはない(つまり,ほとんど制限がない)。もし可能であるならば,誰もが神になりたいと思うだろう。神にはなれないことを認めることができないと思う者も少数(だが)存在している。それは,ミルトンの悪魔(サタン)(注:ミルトンの作品に出てくるサタン)にならって形作られた人々であり,サタンと同様に,気高さと不信仰を結合した(combine 兼ね備えた)人間である。私が「不信仰」というのは,神学上の信念に依存しないもの(存在)のことを言っている。(つまり,)個々の人間のカに限界を認めることを拒否することを意味している。
 このような気高さと不信仰との結びつきというギリシア神話のタイタン的なものは,偉大な征服者に最も顕著なものであるが,そうしたものの内のいくらかの要素は誰にもあるものである。これこそ社会の協調を困難にするものである。というのは,我々は誰も社会的協調ということを考える場合,どうしても神と神を崇める者(たち)との間における協力という形態(パターン)でこれを考えたがるものだからであり,この神の代りに我々自身を置きたがるものだからである。こういうところから,競争(が起き),妥協や統治(政治)(が必要となり),叛逆への衝動(が生まれ),これに伴って,不安定や定期的な暴力が生じる。そうして,それゆえ,無政府的な自己主張を抑える道徳の必要性も生れてくる(のである)。

Chapter 1: The Impulse to Power, n.3

While animals are content with existence and reproduction, men desire also to expand, and their desires in this respect are limited only by what imagination suggests as possible. Every man would like to be God, if it were possible ; some few find it difficult to admit the impossibility. These are the men framed after the model of Milton’s Satan, combining, like him, nobility with impiety. By “impiety” I mean something not dependent upon theological beliefs: I mean refusal to admit the limitations of individual human power. This Titanic combination of nobility with impiety is most notable in the great conquerors, but some element of it is to be found in all men. It is this that makes social co-operation difficult, for each of us would like to conceive of it after the pattern of the co-operation between God and His worshippers, with ourself in the place of God. Hence competition, the need of compromise and government, the impulse to rebellion, with instability and periodic violence. And hence the need of morality to restrain anarchic self-assertion.
 出典: Power, 1938.
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