ラッセルの哲学 概観と手引 13


 ラッセル自身がサンタヤーナを批評して言ったように、なめらかな文学的形式は独創的な思想と両立することはめったになく、独創的な思想は - 少なくともその最初の表現においては- 「無骨な専門用語(uncouth jargon 特定の業界内だけで理解される言葉)」で特徴づけられる傾向がある。 ラッセル自身は「ぶざまな専門用語」を使うことがなかったことが注目される。しかし、彼(ラッセル)の哲学は決して「単純」なものではなかった。*1 一人の哲学者のいかなる研究も、(その哲学者を取り扱う)著者自身の見解(観点)を前置きで述べるべきであり(まず述べるべきであり)、それによって読者が著者の無意識の偏見を許容できるようにすることは、適切なことである。
*1 バートランド・ラッセル「ジョージ・サンタヤーナについて」   
 私(本書の著者アラン・ウッド)は、気質から言うと、神秘主義的なベルクソン主義者(Bergsonian ベルグソン派)である。 私はラッセルの静的かつ分析的な物の見方には満足できない。事実、ラッセルの哲学を研究するに当っての私の主な目標は、 彼の出した結論を回避する何らかの方法を見出すことであった。 しかし、このことにおいて、これまでのところ、私は完全に失敗している。 そうして、私は、他の誰かが、ラッセルの哲学に対して、知的誠実さ持って受けれることができるような、何らかの回答を生み出しているとは信じない。  既に述べたように、ラッセルと一元論者達(monists)との間で、どのような点が問題になっているのかについて、正確に確信することは困難である。ラッセルも、ブラッドリーの主張、即ち、「私が実際に出発点にとったものこれ(this)であり、その代りに分析によって私に残されたものは前とはちがったもの(that)であるので、従って、少なくとも一部分は、分析の結果を私は拒否せざるを得ない」*2というブラッドリーの主張に、異議を唱えることはほとんどできなかった。「分析は虚偽の立証(falsification)を意味するか」という問いに対しては、「もし我々が(分析によって)(自分が)何をしているか知らない(わからない)のであれば「その通り」というのが唯一の正しい答であると、私は信ずる。 (たとえば)物理学者は、もし水の電気分解を行った後に、分析によってできたものからそれでもなお冷たい飲みものを得ることができると考えるのであれば、明らかに間違っている。 しかし、分析が、我々(人間)の知識を増すための適切な方法であるという事実には変りはない(remain 残り続ける)。 生きた生物体(生体)を解剖する生物学者は、解剖されたものを集めて再びその生物体を元通りにする(元の生体にする)ことは期待できないし、また何がその解剖後のものを生き返らせたり呼吸させたりするか発見することは期待できない(と私は信ずる)。しかし、医学における大きな進歩の大部分は、人体につ いての唯物論的見方を作業仮説として受けいれることから生じている。 たとえ、近年、一部の者が 唯物論的見解をそれだけで十分であると見なすことによって道に迷う(堕落する)傾向があるとしてもである(even though)。同様にして、ラッセルが知識を増加させる方法として分析哲学を行けるところまで推し進めたことは正しかった、と私は信ずる。(そうして)彼の場合は、現在達しうる極点(最も遠い地点)につき当っているのであり、 倫理説に4いたった時、彼は自分の結論に正直なところ(really 本当のところ)満足できなかったのである。
*2 ブラッドリ『論理学の哲学』

Summary and Introduction n.13 As Russell himself said in criticism of Santayana, a smooth literary form is rarely compatible with original ideas, which are more likely to be marked – at least in their first expression – by ‘uncouth jargon’. Russell himself kept remarkably free from ‘uncouth jargon’; but his philosophy was far from ‘simple’.*1 It is right that any study of a philosopher should be prefaced by a statement of the author’s own views, so that the reader can allow for any unconscious bias. *1 B. R. on George Santayana By temperament I am a mystic Bergsonian; I cannot be satisfied with the static analytic approach of Russell. In fact my main aim, in studying his philosophy, was to find some way of getting round his conclusions; but in this, so far, I have been completely unsuccessful; and I do not believe that anyone else has produced any answer to his philosophy which can be accepted with intellectual integrity. As I have said, it is hard to be sure about exactly what point is at issue between Russell and the monists. Russell could hardly quarrel with Bradley’s statement that ‘Since what I start with in fact is this, and what analysis leaves to me instead is that – I therefore cannot but reject, at least in part, the result of analysis.”*2 To the question ‘Does analysis mean falsification?” I believe the only correct answer is ‘Yes, if you don’t know what you are doing.” A physicist is obviously wrong if he thinks that, after carrying out the electrolysis of water, he can still get a cooling drink from the products of his analysis; but the fact remains that analysis is the proper method of increasing our knowledge of water. A physiologist who dissects a living body cannot expect to be able to put the body together again, or (I believe) to discover what makes the body live and breathe. But most major advances in medicine have come from accepting the materialistic view of the human body as a working hypothesis; even though some doctors in recent years have tended to go astray through regarding the materialistic view as sufficient in itself. In the same way, I believe that Russell was right, as a method of increasing knowledge, in pushing the philosophy of analysis as far as it will go; in his case he came up against its furthest present-day limits, and could not really feel satisfied with his conclusions, when he came to ethical theory.
*2 F. H. Bradley: Philosophy of Logic, p.693. Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell. More info.: https://russell-j.com/beginner/wood_br_summary-and-introduction_13.html

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