バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第7章 「数学原理-その哲学的側面」 n.13


 私は私の論拠(argument)として、「スコット」(注:Walter Scott)という名前(固有名)と、「ウェイヴァリーの著者」(注:”Waverley”はスコットの書いた小説のタイトル〕という記述との対比をとりあげた。「スコットはウェイブァリーの著者である」という陳述は、同一性を言いあらわすものであって、トートロジー(注:恒真命題/同義語反復)を言い表してはいない。国王ジョージ四世は「スコット(という名前の人物)がウェイブァリー(という小説)の著者である」かどうかを知りたいと思ったが、しかし、「スコットはスコットである」(注:恒真命題/同義語反復)かどうかを知ろうと欲したのではない(注:「AはAである」は常に正しい恒真命題)。これは(このことは)論理学を研究したことのないいかなる人もよく理解できるが、それは(そのことは)論理学者に対し一つの謎を提示する。論理学者(というもの)は、二つの句(phrase)が同じ対象を指示する場合、その一方の句を含む命題は、もう一方の句を含む命題によって常に置き換え可能であり、しかも一方の命題が真であれば、もう一方の命題も真である、と考える(あるいはこれまで考えてきた)。しかし、今我々が見たように(理解したように)、「ウェイヴァリーの著者(or日本の総理大臣)」の代わりに「スコット(安or倍晋三)」を代入することによって、真なる命題を偽なる命題に変えることが可能である。このことは、「固有名」と「記述」とを区別する必要があることを示している。(即ち)「スコット(or安倍晋三)」は「固有名」であるが、「ウェイブァリーの著者(日本の元総理大臣)」は「記述」 なのである。

Chapter 7: Principia Mathematica: Philosophical Aspects, n.13
I took for my argument the contrast between the name, ‘Scott’, and the description, ‘the author of Waverley’. The statement ‘Scott is the author of Waverley’ expresses an identity and not a tautology. George IV wished to know whether Scott was the author of Waverley, but he did not wish to know whether Scott was Scott. Although this is perfectly intelligible to everybody who has not studied logic, it presents a puzzle to the logician. Logicians think (or used to think) that, if two phrases denote the same object, a proposition containing the one may always be replaced by a proposition containing the other without ceasing to be true, if it was true, or false, if it was false. But, as we have just seen, you may turn a true proposition into a false one by substituting ‘Scott’ for ‘the author of Waverley’. This shows that it is necessary to distinguish between a name and a description: ‘Scott’ is a name, but ‘the author of Waverley’ is a description. 
 Source: My Philosophical Development, chap. 7:1959.  
 More info.:https://russell-j.com/beginner/BR_MPD_07-130.HTM

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