現代における哲学(的思索)の価値 -科学は目的や価値については語らず


SOCRATES 哲学と無縁の人は,常識,年齢または国籍による習慣的信念,あるいは(慎重な理性の協力または同意なしに自分の心に生い育ってきた確信等に由来する)偏見にとらわれて生涯を送る。そのような人にとっては,世界は明確で有限で明白なものとなってしまいやすい。ありふれた対象は問題を呼び起こすことなく,未知の可能性は軽蔑的に拒否される。

The man who has no tincture of philosophy goes through life imprisoned in the prejudices derived from common sense, from the habitual beliefs of his age or his nation, and from convictions which have grown up in his mind without the co-operation or consent of his deliberate reason. To such a man the world tends to become definite, finite, obvious; common objects rouse no questions.
出典: Tthe value of philosophy’ in The Problems of Philosophy, 1912.]
詳細情報:http://russell-j.com/R601.HTM

[寸言]
哲学者(や哲学研究者)でさえ,多くの偏見にとらわれて生涯を送る。大学勤務のサラリーマン的な哲学者や哲学研究者も,自分の専門としていることに関してはできるだけ客観的に,偏見にできるだけとらわれないように思索をするが,その分野・領域以外は偏見でいっぱい(確信過剰 cocksure),ということはめずらしくない。

哲学は,科学のような誰もが認める回答を与えることができなくても,人間を多くの偏見や先入観から解放し,思考を豊かなものにすることができる。また,科学は,目的や価値については何も語ることはできないが、哲学は,目的や価値についても思索をうながし,科学が提供する成果や技術的成果を有効に活用することにあたって,一定の役割を果たすことが可能である。

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