ラッセル『結婚論』第19章 性と個人の福祉 n.5


『結婚論』第19章 性と個人の福祉 n.5:思春期における理想主義と現実的欲求

・・・前略・・・。
 比較的(性格及び知能の)優れた少年の中には,同時に,美や詩歌に対する,また,性とはまったくかけ離れていると考えられる,理想的な愛に対する,この上ない極端な理想主義の衝動も存在(同居)している。キリスト教の教えにあるマニ教的な要素(注:二元論的要素)のために,思春期の理想主義的な衝動と肉欲的な衝動が,われわれの中で完全に分離したままで存在し,ときには戦い(せめぎあい)さえする傾向がある(at war one with the other)。この点について,私はある知的な友人の次の告白を引用してもよいだろう。彼は言う。

「私自身の思春期は,非典型的なものではなかったと信じているが,この(理想主義と肉欲の)分離をきわめてはっきりした形で現わしていた。昼間,何時間もシェリーを読んで,感傷にふけったものである。」
(注:ラッセルはシェリーを激賞していたので,このある友人というのは,ラッセル自身のことかも知れない。『ラッセル自伝』第1巻にあるように,ラッセル自身もペンブロークロッジ付きのメイドの着替えを覗き見している。)

星に対する蛾の欲求
朝に対する夜の欲求

(勝手な解釈:蛾は光を求めるが,人間の私は夜に蛾のように星を求め,悶々とする夜には早く朝がこないかと,朝の訪れを欲求する。)

それから突然,この高尚な境地(高み)を離れて,女中が着物をぬぐ様子をこっそり垣間見ようとするのだった。後者の衝動によって,私はとても深い恥ずかしさを感じた。前者には,もちろん馬鹿げた要素があった。なぜなら,その理想主義は,性に対する愚かな恐怖の裏返しであったからである。」

Chapter XIX: Sex and Individual Well-being, n.5

… there are at the same time impulses of the most extreme idealism towards beauty and poetry, and towards ideal love, which is thought of as wholly divorced from sex. Owing to the Manichaean elements in Christian teaching, the idealistic and the carnal impulses of adolescence are apt, among ourselves, to remain wholly dissociated, and even at war one with the other. On this point I may quote the confession of an intellectual friend, who says :

“My own adolescence was, I believe, not untypical, and it exhibited this dissociation in a very marked form. For hours in the day I would read Shelley and sentimentalize over :
The desire of the moth for the star,
Of the night for the morrow.
Then suddenly I would leave these heights and try to catch a surreptitious glimpse of the housemaid undressing. The latter impulse caused me profound shame ; the former had, of course, an element of silliness, since its idealism was the obverse of a foolish fear of sex.”
出典: Marriage and Morals, 1929.
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM19-050.HTM

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