事象に対立する物(物質)(の存在)は,不要な仮説

私が明らかにしようと試みてきた理論(説)は,人々が非常に誤解しやすいものであり,誤解される場合にはその説は馬鹿げたものになる(見える/思われる)ということを経験は示している(注:ラッセルが馬鹿げた・不合理なことを言っているように思われてしまう,ということ)。それゆえ,新しい言葉遣い(new wording)によってもっと明らかになるようにとの期待のもと,その主な点(論旨)について要約して述べてみよう。

第一に,世界は変化する状態をもつ物(物質)から成り立っている(構成されている)のではなく,諸事象から成立っている(構成されている)。あるいは,むしろ,我々が世界について述べる資格のある全ては,存在するのは事象のみであり物(物質)は存在しないという仮定(仮設))に立ってのみ述べることができる(といったほうがよいであろう)。
 事象に対立する物(物質)(の存在)は,不要な仮説である。私が言わなければならないこの部分は,既にへラクレイトス(注:ギリシア時代の自然哲学者)によって言われているので,厳密には新しいことではない。けれども,ヘラクレイトスの見解はプラトンを悩まし,そのゆえに,それ以降,それほど紳士的には考慮されてこなかった。今日のような民主主義の時代においては,そのような考慮によって我々は驚く(脅かされる)必要はない。ヘラクレイトスの見解を採用すれば,二種類の想定された実体は,解消される。即ち,一方では人間,他方では物質的対象(の二種類の実体)の解消である。文法は,あなたと私とが変化する状態を有する多少とも永続的な実体であることを暗示するが,永続的実体(の仮定)は不要であり,変化する状態は我々が物(質)について知っている全てのことを言うのに十分である。厳密に同種類のことが物理的対象(物的対象)にあてはまる。あなたが店に入り,パンの塊を買うと,家に持ち帰ることができる「物」を買ったとあなたは考える。(だが)あなたが実際に買ったものは,一定の因果法則によって連結されたできごとの系列である

Experience has shown me that the theory which I have been trying to set forth is one which people are very apt to misunderstand, and, as misunderstood, it becomes absurd. I will therefore recapitulate its main points in the hope that by means of new wording they may become less obscure.
First: the world is composed of events, not of things with changing states, or rather, everything that we have a right to say about the world can be said on the assumption that there are only events and not things. Things, as opposed to events, are an unnecessary hypothesis. This part of what I have to say is not exactly new, since it was said by Heraclitus. His view, however, annoyed Plato and has therefore ever since been considered not quite gentlemanly. In these democratic days this consideration need not frighten us. Two kinds of supposed entities are dissolved if we adopt the view of Heraclitus: on the one hand, persons, and on the other hand, material objects. Grammar suggests that you and I are more or less permanent entities with changing states, but the permanent entities are unnecessary, and the changing states suffice for saying all that we know on the matter. Exactly the same sort of thing applies to physical objects. If you go into a shop and buy a loaf of bread, you think that you have bought a “thing” which you can bring home with you. What you have in fact bought is a series of occurrences linked together by certain causal laws.
出典:Bertrand Russell : Mind and Matter (1950?)
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/19501110_Mind-Matter170.HTM

<寸言>
日常生活において常識は大事だが、理論においては常識は危険。

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