ミルの『自由論』は,『婦人の隷属』よりも(女性が解放された)今日では重要である。それはこの本(『自由論』)が擁護する大義が(『婦人の隷属』が擁護する大義と比べて)あまり成功していない(実現していない)ことによっている。概して,今日(注:1955年)における世界の自由は百年前よりもずっと減っている。また,予見しうる近い将来において、自由に対する制限が減っていきそうだと想定する理由はまったく存在してない。ミルは,ロシアは,誰も,個人の官僚でさえも,個人的自由をもたないような官僚主義によって支配された国であると指摘している。しかし,農奴解放後のミルの時代のロシアは現代のロシアよりも千倍も自由をもっていた。
(注:みすず書房版の中村秀吉訳『(ラッセル)自伝的回想』では「しかし農奴解放後の当時のロシアは現在のロシアよりも千倍も自由を持っていた。」と訳出されている。」 中村訳は間違ってはいないが,”Russia of his day” は,「当時のロシア」ではなく「ミルの時代のロシア」と明示的に訳さないと誤読される恐れがある。つまり,現在のロシアには自由はあまりない。しかし,農奴制があった時代のロシアと比べれば農奴が解放されたミルの時代のロシアは千倍も自由が増したのであり,ミルはそのことを適切に評価していない,というニュアンスが読み取れないように思われる。)
ミルの時代のロシアは,独裁政治に反対した偉大な作家や,投獄や流刑を恐れずに宣伝活動を続けることができた革命家たちや,農奴制の廃止によって判明したように,権力者のなかから自由主義者たちさえも生み出したのである。(ミルの時代には)ロシアが英国に存在した程度の政治的自由へと次第に進みながら,やがて立憲君主国へと発展することを期待するあらゆる理由があった。また,自由の成長は,他の国においても同様に,明らかだった。(たとえば)アメリカ合衆国では,ミルの著書が出版されてから数年後に奴隷制度が廃止された。フランスにおいては,ミルが烈しく憎んだナポレオン三世の帝政はミルの著書が出されてから11年後に終止符が打たれ,また同時期に,ドイツにおいて成年男子選挙権が導入された。このような根拠から,私は,当時の一般的な動向が自由にさからっていたというパック氏の発言は正しいとは思わないしミルの(将来に対する)楽天主義が不合理なものだったとも思わない。
Mill’s book On Liberty is more important to us in the present day than his book On the Subjection of Women. It is more important because the cause which it advocates has been less successful. There is, on the whole, much less liberty in the world now than there was a hundred years ago; and there is no reason to suppose that restrictions on liberty are likely to grow less in any foreseeable future. Mill points to Russia as a country so dominated by bureaucracy that no one, not even the individual bureaucrat, has any personal liberty. But the Russia of his day, after the emancipation of the serfs, had a thousand times more freedom than the Russia of our day. The Russia of his day produced great writers who opposed the autocracy, courageous revolutionaries who were able to carry on their propaganda in spite of prison and exile, even liberals among those in power, as the abolition of serfdom proved. There was every reason to hope that Russia would in time develop into a constitutional monarchy, marching by stages toward the degree of political freedom that existed in England. The growth of liberty was also apparent in other countries. In the United States, slavery was abolished a few years after the publication of Mill’s book. In France, the monarchy of Napoleon III, which Mill passionately hated, came to an end eleven years after his book was published; and, at the same time, manhood suffrage was introduced in Germany. On such grounds I do not think that Mr. Packe is right in saying that the general movement of the time was against liberty, and I do not think that Mill’s optimism was irrational.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-120.HTM
<寸言>
不適切な訳。ぼんやりとした,誤解を招くような訳をしてはならない。