人間の活動は全て欲求(desire 欲望)あるいは衝動によって促進されます。(注:実際の受賞演説の時は desire だけであり, Human Society in Ethics and Politics, 1954 に収録される時点で desire or impulse と or impulse が追記されたようです。) 熱心な道徳家のなかには義務や道徳原理のために(は)欲求を抑制することは可能であるという趣旨の学説を提唱する者がいますが,まったく誤っています。私がこれは誤っていると言うのは,誰も義務感から行動しないということではなくて,義務に忠実であることを欲求する(望む)からという以外には義務は彼を拘束する力(義務を守らせる力)を持たないからです。人がやろうとしていることを知りたければ,ただ単にあるいは主として,彼らの物的な状況を知らなければならないだけでなく,むしろ,彼らのいろいろな欲求の全体をそれぞれの欲求の強弱の程度とともに(相対的な強さとともに),知らなければなりません。
欲求のなかには,非常に強力ではあるけれども,一般に,たいしたがあります。大部分の男性は,人生のある時期に結婚したいと望みますが,一般に,いかなる政治的行動を起こすことなしにこの欲求を満足させることができます。もちろん例外はあります。ローマ人によるサビニ人の女性たちに対する強奪(注:the rape of the Sabine women 古代イタリアにおいて,ロムルスが中部イタリアに住んでいたサビニ人の女性たちを略奪/強奪したという伝説/rape はここでは「強姦」ではなく「略奪」)がそのよい例です。また,オーストラリア北部の開発は,その仕事をなすべきたくましい男たちが女性とのつきあいをまったく奪われていることを嫌ったことによってはなはだしく妨げられました。しかしそのような例はまれであり,一般に,男女がお互いに持つ関心は政治にはほとんど影響を及ぼしません(注:大部分は政治には直接関係がない,私的な世界のお話だということ)。
All human activity is prompted by desire or impulse. There is a wholly fallacious theory advanced by some earnest moralists to the effect that it is possible to resist desire in the interests of duty and moral principle. I say this is fallacious, not because no man ever acts from a sense of duty, but because duty has no hold on him unless he desires to be dutiful. If you wish to know what men will do, you must know not only, or principally, their material circumstances, but rather the whole system of their desires with their relative strengths.
There are some desires which, though very powerful, have not, as a rule, any great political importance. Most men at some period of their lives desire to marry, but as a rule they can satisfy this desire without having to take any political action. There are, of course, exceptions; the rape of the Sabine women is a case in point. And the development of northern Australia is seriously impeded by the fact that the vigorous young men who ought to do the work dislike being wholly deprived of female society. But such cases are unusual, and in general the interest that men and women take in each other has little influence upon politics.
出典:Bertrand Russell: What Desires Are Politically Important? 1950
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/0944WDPI-020.HTM
<寸言>
このスピーチの趣旨は「政治的に重要な人間な欲求」について論ずること。従って、「政治的」でも「重要」でもない欲求を区別してわきにおいやっていっている。