モンテッソーリ夫人の功績

 保育園は,早期(幼年期)の性格訓練と,その後の知育(知識の教育)との中間の位置を占めている。保育園は,同時に両方の仕事を行なう。どちらの仕事も,お互いに助けとなりながら行なわれるが,子供が大きくなるにつれて,知育の割合がしだいに大きくなっていく。モンテッソーリ夫人が彼女の方法を完成させたのは,保育園と似たような機能を持つ施設においてであった。ローマ市内の(何箇所かの)大きな借家で,(それぞれ)大きな部屋が1つ,3歳から7歳までの子供たちのために用意され,モンテッソーリ夫人がこれらの「子供の家」の管理を委託されたのである(原注:モンテッソーリ『モンテッソーリ式教育法』(1912年),p.42以下参照)。デットフォード(Deptford)の場合と同様に,子供たちは最も貧困な階層の出身であった。デットフォードと同様に,その成果は,幼年期に面倒を見てあげれば,悪い家庭の身体的・精神的なハンディキャップを克服できることを示したのであった。

The nursery school occupies an intermediate position between early training of character and subsequent giving of instruction. It carries on both at once, and each by the help of the other, with instruction gradually taking a larger share as the child grows older. It was in institutions having a similar function that Madame Montessori perfected her methods. In certain large tenement houses in Rome a large room was set apart for the children between three and seven, and Madame Montessori was put in charge of these “Children’s Houses”. (note: See Montessori, The Monlessori Method (Heinemann, I9I2), pp 42ff.) As in Deptford, the children came from the very poorest section of the population; as in Deptford, the results showed that early care can overcome the physical and mental disadvantages of a bad home.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 13: Nursery School
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/OE13-060.HTM

<寸言>
子どもは「社会で育てる(×国家が育てる)」という考え方にたてるかどうかで,保育園に対する考え方や対応の仕方は変わってくる。古い考え方の持ち主は,3歳くらいまでは母親や祖父母が家庭できめ細やかに育てたほうがよいと考える。今はそのように考える人は少なくなっているが、政府が深く関与する場合には、国家や既存の社会体制に従順な人間になるように、道徳教育や愛国心教育を盛りたがる。国はお金は出すが口は出さないというのが一番よいが、税金を効率的に使うためと言って、規制をかけたり、いろいろ口に出すことが少なくない。北欧諸国のように、(税金は随分たくさんとられるけれども)大学まで教育費は無料、医療費も無料、という社会のほうがよいと思われるが・・・?

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