百人委員会は他の面で既に自らを弱体化させ始めていた。百人委員会は、ただ単に核と軍縮の問題だけに専念すべきであるか、それともあらゆる – 国内における社会的・政治的- 不正に反対(抵抗)する行動を開始すべきであるか、に関して、会員たちの間で長い議論が持たれ始めていた。★これは時間の浪費であり、精力の分散であった。そのような広範な反対(抵抗)は、-いやしくもそれに従事すべきとするならば-、百人委員会の力や将来性を強化する時期においては明らかに遠い将来の問題であった。そのような企ては(百人委員会の)組織の強化を遅らせるだけだった。それに、この不幸な傾向は、主として、(1961年)9月17日の集会・デモの成功の意義の過大評価であるとともに、それに加えて、百人委員会の実際上の政治的及び管理運営上の無経験の結果であった。9月17日の成功は、非常に大きな’励み’となったとみなされるべきではあるが、決して、大衆の不服従運動の成功の見込みが確かになったものとみなすべきではなかったのである。我が国(英国)の人口の割に運動はいまだ小規模であるとともに、強固な反対に立ち向かうためにはあまりにも(実績による)証拠がともなっていなかった。不幸にも、9月17日に比べ、12月9日の集会・デモが相対的にみて失敗したことは、百人委員会の強化の時期に向けての教訓とは考えられずに、ただ単にうまくいかなかったとのみ考えられた。私は当時、公的な声明において、集会・デモの失敗による失意落胆を克服しようと努めるとともに、私的にこの教訓を植えつけようと努力した。しかし、その両方の試みに失敗した。
The Committee had already begun to weaken itself in other ways. Long discussions were beginning to be held amongst its membets as to whether the Committee should devote itself only to nuclear and disarmament matters or should begin to oppose all domestic, social and governmental injustice. This was a waste of time and a dispersal of energies. Such widespread opposition, if to be indulged in at all, was obviously a matter for the far future when the Committee’s power and capabilities were consolidated. By such projects consolidation could only be delayed. Again, this unfortunate tendency was the outcome, largely, of the practical political and administrative inexperience of the Committee added to the over-estimation of the meaning of September 17th’s success. The latter should have been regarded as very great encouragement but not as, by any means, the certain promise of a mass civil disobedience movement. In proportion to the population of the country, the movement was still small and too unproved to stand against determined opposition. Unfortunately, the comparative failure of December 9th was considered only as a discouragement, not as a lesson towards a period of consolidation. I tried in my public statements at the time to overcome the discouragement and, privately, to inculcate the lesson. But in both attempts I failed.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3:1944-1969 ,chap3:Trafalgar Square,(1969)
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/AB33-290.HTM
[寸言]
様々な問題と取り組む政党ならいざしらず、特定の目的(例:反核運動)を果たすために始めた運動組織・団体が、取り組む課題を大幅に拡大したり、主導権争いなどを始めたりすれば、精力をそがれ、その組織の一番重要な役割さえも十分果たせなくなる危険性がある。
政治家は目立ちたがり屋や権力志向の者が多く、より大きな権力を得るためには、自分がずっと主張し続けたことを「変節」しても、自分を誤魔化せる屁理屈を考えだす者が少なくない。いや、個人ではなく政党であっても,自分たちの敵である政党が,万一自分たちの政党が賛成できる政策を打ち出しても、反対のための反対をすることが少なくない。 そうした矛盾した行為をする政党は多く、与野党をとわない習性ではあるが、党のマニフェストに書いてあったこと(に対する裏切り)については、内心ふれられたくない思い出がいっぱいである。