記憶違いから、言ったことを言ったことはないと主張する恥ずかしい行為


img それにもかかわらず,私は,その助言 (注:1948年暮れに,核軍備廃棄をソ連に強制するためにアメリカがソ連に対し,開戦の脅威を与えて核を廃棄させる矯正策をラッセルがプライベートな手紙で示唆/ラッセル76歳の時) をした時は,それが実際とりあげられるという望みもなく,’不用意に‘その助言を行なったので,その助言をしたことを間もなく忘れてしまった。私は,その考えを私信に書き,また演説でも -どの演説だったか覚えていない- 述べたが,その演説は新聞によってあれこれと吟味(解剖)される問題となった。後になって,その手紙の受信者が,それを出版することを許可してほしいと私に頼んで来た。私は,いつのように,その内容のことは少しも考えずに,そうしたいのなら出版してもかまわない,と言ってやった。それでその人は,出版をした。そうして私は,自分が先にそういう’示唆’をしたことに気付き,驚いた。また私は,それと同じことを前述の演説でも述べていることをまったく忘れていた。嘆かわしいことに,私は,この疑いの余地のない証拠を目の前につきつけられるまで,その間,そのような提言を自分が以前にしたということを断固として否定していたのである。遺憾なことであった。分が実際に言ったことを言っていないと否定するのは,恥ずべきことである。そういった場合は,その言をあくまでも押し通すか,あるいは間違いを認めて撤回するか,二つに一つしか方法はない。このケースでは,私は自分の発言を押し通すこと(=正しいと主張し続けること)が可能であり,実際押し通し,自己弁護した。もっと早くそうすべきだったが,長年の径験に基づく自分の記憶の誤りにより,あまりにも自分の記憶に信頼を置きすぎるようになっていたのである。

None the less, at the time I gave this advice, I gave it so casually without any real hope that it would be followed, that I soon forgot I had given it. I had mentioned it in a private letter and again in a speech that I did not know was to be the subject of dissection by the press. When, later, the recipient of the letter asked me for permission to publish it, I said, as I usually do, without consideration of the contents, that if he wished he might publish it. He did so. And to my surprise I learned of my earlier suggestion. I had, also, entirely forgotten that it occurred in the above-mentioned speech. Unfortunately, in the meantime, before this incontrovertible evidence was set before me, I had hotly denied that I had ever made such a suggestion. It was a pity. It is shameful to deny one’s own words. One can only defend or retract them. In this case I could, and did, defend them, and should have done so earlier but from a fault of my memory upon which from many years’ experience I had come to rely too unquestioningly.
発言: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 1: Return to England, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB31-050.HTM

[寸言}
これは生涯においてラッセルが最も悔いたことの一つ(注:記憶違いから,「過去に発言したこと」を発言していないと否定してしまったこと)。この発言をしたのは、米ソが膨大な核兵器を所有している時代ではなく、アメリカについでソ連も保有するようになった直後のことであり、核兵器が世界に広まったら大変なことになるとの危機感から一連の行為のなかの一つであることに注意。米ソが核兵器をたくさん保有し、核戦争になったら文明が滅びてしまうような時代においては、もちろん、たとえ私信であっても、ラッセルはこのような発言を、しないであろう。

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