被支配民族に対する抑圧が黙認されている根本的な理由


Cartoon boss man looking greedily at a pair of money bags.
Cartoon boss man looking greedily at a pair of money bags.

科学,遠隔地の人びとの生活に対する私たち(現代人・人間)の影響力を非常に増大させたが,その人たちに対する私たちの共感(力)を増大させなかった。
仮に,あなたは,上海で綿糸・綿布を製造している会社の一株主だとしてみよう。あなたは多忙で,投資を行うにあたっては専門家の助言に従っただけであり,上海にも綿糸・綿布にも関心はなく,ただ配当金に関心があるだけかもしれない。しかし,あなたは罪のない人びとを大虐殺するに至る力の一部となり(権力に加担することになり),しかも,もし幼い子供たちが異常かつ危険な仕事を強いられなければ,あなたの配当金は消えてしまうだろう。(しかし)あなたは気にしない。なぜなら,あなたはその子供たちに会ったことも,抽象的な刺激で心が動かされることもないからである。
これが,大規模な産業主義が非常に残酷であり,被支配民族に対する抑圧が黙認されている根本的な理由である。抽象的な刺激に対する感受性を養う教育が行なわれるならば,そういった状況は存在しなくなるだろう。

Science has greatly increased our power of affecting the lives of distant people, without increasing our sympathy for them. Suppose you are a shareholder in a company which manufactures cotton in Shanghai. You may be a busy man, who has merely followed financial advice in making the investment; neither Shanghai nor cotton interest you, but only your dividends. Yet you become part of the force leading to massacres of innocent people, and your dividends would disappear if little children were not forced into unnatural and dangerous toil. You do not mind, because you have never seen the children, and an abstract stimulus cannot move you. That is the fundamental reason why large-scale industrialism is so cruel, and why oppression of subject races is tolerated. An education producing sensitiveness to abstract stimuli would make such things impossible.
出典:On Education, especially in early childhood, 1926, chap. 2 The Aims of Education
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE02-170.HTM

<寸言>
https://www.youtube.com/watch?v=KpNmRhaBazc
uniqlo_chugoku-zankoku ユニクロなど、日本の国際企業(多国籍企業)中国その他世界中に進出している。人件費が安い国で生産し、我々に安価で上質な衣類などを提供してくれる。
しかし、1年くらい前だったか,ユニクロの中国にある関連会社が中国人を搾取している実態が報道された。それは氷山の一角であり、世界の大企業は、後進国の人々に恩恵を与えるだけでなく、搾取などの被害をもたらしている。
そういったことが露見するのは一部だけであるので、我々は、間接的に世界中の後進国や発達途上国の人々に苦しみを与えていることを知らずにすんでいる。知らなければ責任をとりようがない(=責任をとらなくてよい)ということであるが、知ろうとすれば知ることができないわけではない。

近代科学-特に自然科学は,時間的及び空間的に人間の知的世界を急速に拡大させた。知的世界の拡大は多くの事物に対する理解力・可能性を拡大するが,人間の他者に対する同情心や共感力を必ずしも拡大してこなかった。たとえば,核物理(の応用研究)を例にとれば,原子力の平和利用,核兵器の開発など,自然に対する人間の力を増大させたが,(日本の)被爆者の苦しみに対する共感(思いやり)を増大させてこなかった。ラッセルがここで言っているのは,知的理解による共感力(想像力)の拡大である。従って,被爆者を直接知らなければ共感(思いやり)など持てないというのは的ハズレであろう。

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