ラッセル『宗教と科学』第5章 魂と肉体 n.23

 この問題(注:生きている肉体に結びついた出来事と肉体が死んだ後に起る他の出来事との間に密接な関係が存在するかどうかという問題)に答えることを試みる前に,一定の諸事象を一人の人物の精神生活とするように一緒に結びつける関係は何かということをまず決定しなければならない。これらの(関係の)中で最も重要なものは明らかに記憶である。即ち,私が思い出すことができる物事(things)は「私に」起ったことである。そうして,もし私がある機会(注:occasion 特定のことが起こった時)のことを思い出すことができ,また,その機会に他の何かを想起することができたとするならと,その場合は、その,他の何かも私に起ったのである(注:要するに,現在思い出せることだけでなく、過去においてもその時起こったことを思い出すことができたのならそれも自分に起こったことのはずだ,ということ)。二人の人間が同一のことを想起するかも知れないと(もしかすると)反論される可能性があるが (It might be objected that),それは誤りだろう。二人の人間は,見る位置が異なることから,二人の人間は決して精確に同一のものを見ることはない。さらに,両者は,聞くこと,匂いを嗅ぐこと,触ること,及び味わうことにおいて,精確に同一の経験を持つことはできない。自分の経験は他人の経験とかなり似ているかも知れないが,常に両者は多少とも異なっている。各人の経験はその人だけのも(私的なもの)のであり,ひとつの経験が別の(もうひとつの)経験を回想することにある時,その2つの経験は同一の「人間」に属していると言われる。(注:たとえば、昨日朝5時に起きてNHK-BSテレビで錦織対フェデラーのテニスの試合をみたことを思い出すような場合、朝5時に起きたという記憶と試合を見たという記憶は両方とも自分の記憶である。)  身体(肉体)から導き出される,より心理学的でない,人格についての別の定義(法)がある。ある一つの生きている身体(生体)を異なる時間に同一であるとするものは何であるかについて定義することは複雑であろうが(注:たとえば、昨日の僕と今日の僕は同一人物である所以は何か),当面の間は,同一性があるのは当然だということにしておこう。また,我々の知っているあらゆる「心的」経験は何らかの生きた身体(肉体)と結びついているということもまた(当面の間)当然だと認めることにしょう。そうすると,「人物」とは,所与の身体に結びつけられた心的出来事の(諸)系列であると定義することができる。ごれは法律上の定義である。もし,ジョン・スミスの身体が殺人を犯し,後に警察がジョン・スミスの身体を逮捕したとすると,逮捕時にその身体に住んでいる(宿っている)人物が殺人犯である。(注:多重人格者の場合、この定義が生きてきます。)

Chapter V Soul and Body, n.23
We must first decide, before we can attempt to answer this question, what are the relations which bind certain events together in such a way as to make them the mental life of one person. Obviously the most important of these is memory : things that I can remember happened to me. And if I can remember a certain occasion, and on that occasion I could remember something else, then the something else also happened to me. It might be objected that two people may remember the same event, but that would be an error : no two people ever see exactly the same thing, because of differences in their positions. No more can they have precisely the same experiences of hearing or smelling or touching or tasting. My experience may closely resemble another person’s, but always differs from it in a greater or less degree. Each person’s experience is private to himself, and when one experience consists in recollecting another, the two are said to belong to the same “person.” There is another, less psychological, definition of personality, which derives it from the body. The definition of what makes the identity of a living body at different times would be complicated, but for the moment we will take it for granted. We will also take it for granted that every “mental” experience known to us is connected with some living body. We can then define a “person” as the series of mental occurrences connected with a given body. This is the legal definition. If John Smith’s body committed a murder, and at a later time the police arrest John Smith’s body, then the person inhabiting that body at the time of arrest is a murderer.
 出典:Religion and Science, 1935, chapt. 5:
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_05-230.HTM

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