第16章 権力哲学 n.11

 次に,ニーチェの英雄崇拝をとりあげてみると、(ニーチェによれば)出来損ないで無能な連中(”the bungled and botched”」は英雄の(ために)犠牲になるべきである。ニーチェを称賛する読者は、もちろん,自分は英雄(の一人)だと確信し、一方(これに対し),あくどい陰謀によって自分(英雄である私)を出し抜いたならず者の誰それは、出来損ないで無能な連中の一人である。その結果,ニーチェの哲学は優れている,ということになる。しかし、別の誰それもまたニーチェの哲学(英雄崇拝)を読み、同様に称賛する場合、いったいどちら(の読者)が英雄であるかをどうやって決定したらよいであろうか。(歩み寄りは考えられないことから)戦争による他ないことは明白である。そうして,二人のうちの一人が勝利を得た場合,勝利を得た者は,権力を維持し続けることによって,英雄の称号に対する権利を証明し続けなければならないであろう。そのために,彼は活発な秘密警察を創設しなければならない。彼は常に暗殺を恐れて暮らさなければならない。他の者たちは皆,密告(delation)を恐れてびくびくするであろう。そうして,英雄崇拝は、恐怖で震える臆病者(poltroons)からなる国家を生み出して終わるであろう  これと同様の問題が,信念の結果が心地よい(pleasant 愉快な)ものであればその信念は正しいとするプラグマティズムの理論に関しても生ずる。いったい誰にとって心地よいというのか? スターリンに対する信念(スターリンを信ずること)は、スターリンにとっては心地よいが、トロツキーにとっては不愉快である。ヒトラーに対する信念(ヒトラーを信じること)は、ナチスにとっては心地よいが、しかし,ナチスが強制収容所(捕虜収容所)にぶちこんだ人々(ナチスによって強制収容所に入れられた人々)にとっては、不愉快である。次の問いの答えを決められるのは、むきだしの(権)力しかない。即ち、ある信念が真実だということを証明してくれるような心地よい結果を享受できる者は果して誰であろうか?

Chapter 19: Power Philosophies, n.11 Take, next, Nietzsche’s cult of the hero, to whom the “bungled and botched” are to be sacrificed. The admiring reader is, of course, convinced that he himself is a hero, whereas that rascal so-and-so, who has got ahead of him by unscrupulous intrigues, is one of the bungled and botched. It follows that Nietzsche,s philosophy is excellent. But if so-and-so also reads it, and also admires it, how is it to be decided which is the hero? Obviously only by war. And when one of the two has achieved victory, he will have to keep on proving his right to the title of hero by remaining in power. In order to do this, he must create a vigorous secret police; he will live in fear of assassination, every one else will be terrified of delation, and the cult of heroism will end by producing a nation of trembling poltroons. The same sort of troubles arise with the pragmatist theory that a belief is true if the consequences are pleasant. Pleasant to whom? Belief in Stalin is pleasant for him but unpleasant for Trotsky. Belief in Hitler is pleasant for the Nazis, but unpleasant for those whom they put in concentration camps. Nothing but naked force can decide the question : Who is to enjoy the pleasant consequences which prove that a belief is true?
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER16_110.HTM

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