哲学者の中には,自分の権力衝動が自らの形而上学を支配するのを許さないが(認めないが)、自らの倫理学においては自分の権力衝動に自由を与える(注:give free rein in ethics 倫理学においては好きなようにさせる/give free rein to ~に対し自由を与える)者がいる。そうした哲学者のなかで,最重要なのはニーチェであり,彼はキリスト教道徳を奴隷の道徳として拒絶し,その代りに英雄的支配者(統治者)にふさわしい道徳を置いている(代置している)。もちろん,これは本質的に(本質において)新しいものではない。その幾分かのものはヘラクレイトスやプラトンに,多くはルネッサンス時代に見いだされる。しかし,ニーチェにおいて(は),それは(英雄的な支配者にふさわしい道徳は)苦労の結果考案されており(worked out),新約聖書の教えに対する意識的な反対において着手された(のである)。彼の見解によれば,民衆(俗衆)は,自分たちだけでは価値をもたず,ただ英雄の偉大さに対する手段(英雄の道具)としてのみ価値をもつものであり,英雄は,もしも民衆(俗衆)に危害を加えることによって自己啓発(sekf-development)を推し進めることができるのであれば、それをする(民衆に危害を加える)権利を有している(ということである)。実際のところ,貴族政治は,有る種のそういった倫理のみが正当化できるやり方で,常に行為を行ってきたのである。しかし,キリスト教の理論では,神の目から見れば(神の前では),万人は平等であると考えている。民主主義は,キリスト教の教えにアピールして支持を求めることができる。しかし,貴族政治にとっては,最上の倫理はニーチェのものである。「神々(gods 複数形であることに注意)が存在するとすれば,(自分が)神(a god 神々の中の一人の神)でないことにどうして堪えることができるだろうか? (自分が神でない以上)「それゆえに」神(gods)は存在しない。」 このように,ニーチェのツァラツストラ(ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の主人公で,ツァラトゥストラはゾロアスター教の開祖の名前であるザラスシュトラ(ゾロアスター)をドイツ語読みしたもの)は言う。この世の暴君たちに場所を与えるために,神(God 単数形/絶対神)から王位を剥奪しなければならない,と。
Chapter 16: Power Philosphies, n.7 Some philosophers do not allow their power impulses to dominate their metaphysics, but give them free rein in ethics. Of these, the most important is Nietzsche, who rejects Christian morality as that of slaves, and supplies in its place a morality suitable to heroic rulers. This is, of course, not essentially new. Something of it is to be found in Herachtus, something in Plato, much in the Renaissance. But in Nietzsche it is worked out, and set up in conscious opposition to the teaching of the New Testament. In his view, the herd have no value on their own account, but only as means to the greatness of the hero, who has a right to inflict injury upon them if thereby he can further his own self-develomnent. In practice, aristocracies have always acted in a manner which only some such ethic could justify; but Christian theory has held that in the sight of God all men are equal. Democracy can appeal to Christian teaching for support; but for aristocracy the best ethic is Nietzsches’s. ‘If there were gods, how could I bear to be not a god? Therefore there are no gods.’ So says Nietzsche’s Zarathustra. God must be dethroned to make room for earthly tyrants.
出典: Power, 1938.
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