すべての偉大な人間がそうであるように,ウィトゲンシュタインにも弱点があった。1922年,彼の神秘主義的な情熱が最高度に達していた時,彼が,’善良であるということ’は’利口であること’よりもいっそうよいというのは確かだと,きわめて真面目に私に言ったのと同じ時に,スズメバチを怖がり,南京虫のせいで,私たちが(オーストリアの)インスブルックで見付けた宿舎に翌日も泊ることができない彼を目撃した。私は,ロシアや中国を旅行した以後は,そのような些細な事には慣れてしまったが(注:当時の中国のホテルでは,南京虫がでるのは日常的なことであった。),彼は,この世のことは取るに足らないと確信しているにもかかわらず,昆虫に対しては忍耐できなかった。けれども,そのような(愛嬌のある)些細な弱点はあったが,彼はきわめて印象深い人間であった。
Like all great men he had his weaknesses. At the height of his mystic ardour in 1922, at a time when he assured me with great earnestness that it is better to be good than clever, I found him terrified of wasps, and, because of bugs, unable to stay another night in lodgings we had found in Innsbruck. After my travels in Russia and China, I was inured to small matters of that sort, but not all his conviction that the things of this world are of no account could enable him to endure insects with patience. In spite of such slight foibles, however, he was an impressive human being.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2 chap. 2: Russia, 1968]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB22-100.HTM
[寸言]
南京虫の話は,北京大学の客員教授になるために,ラッセルが1920年の夏に,上海にまずいって泊まったホテルでの体験を言っていると思われる(それ以外はないはず)。最初の5日間を中国式の旅館に泊り,次に中国最古のホテル Aster House Hotel (現在の浦江飯店)に泊まっているが(写真は)ラッセルが泊まった310号室,多分、前者のホテルで南京虫に悩まされたと想像される。後者のホテルでは 50平方メートルの広い(当時としては近代的なホテル)の客室に泊まっているので多分南京虫はでていないであろう。