田園生活(農業生活)の理想と現実


stock-vector-farm-farmer-workecontryside_agriculture 感傷的な人たちが,大地との接触とか,トマス・ハーディの小説に登場する沈着冷静な農夫たちの円熟した知恵とかをあれこれ言うのは大いに結構であるが,地方にいるすべての青年の願いはひとつ,町で仕事を見つけることであり,そこでは,風や天候への隷属暗い冬の晩の孤独から逃れて,工場や映画館とかといった頼りがいのある人間的な雰囲気にひたることができるのである。仲間とのつきあいや他人との協力は,普通の人間の幸福における不可欠の要素である。そして,この2つは,農業よりも工業において,より充実した形で得られるのである。
出典:The Coquest of Happiness, 1930, chap. 10: Is Happiness Still
Possible?
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA21-050.HTM

It is all very well for sentimentalists to speak of contact with the soil and the ripe wisdom of Hardy’s philosophic peasants, but the one desire of every young man in the countryside is to find work in towns where he can escape from the slavery of wind and weather and the solitude of dark winter evenings into the reliable and human atmosphere of the factory and the cinema. Companionship and cooperation are essential elements in the happiness of the average man, and these are to be obtained in industry far more fully than in agriculture.

[寸言]
 田園詩人は,自然に親しめる農業を褒め称えるが、彼らは農作業によって生計をたてることはなく、農作業をやるとしても自分や自分の家族が食べる程度の楽な農作業しかやらない。本格的に農業に従事したら、農作業を褒め称えるようなことをするであろうか?

昔と異なり,現在ではマスコミやネットが発達したために,田舎にいても,世界中から珍しい情報を得たり,学習したり,楽しんだりできるようになった。しかし,情報はいろいろ得ることができたとしても実体験できるわけではなく,交友範囲は田舎の場合は限定されてしまう

『幸福論』は1930年に書かれたものなので,喩え話や例は書き直す(自分で別のものを想像してみる)必要がある。単調さをさけ,華やかさを求めるのはいつの時代も同じということだろうか? 田舎のほうがゆったりした自然のなかで暮らせるが,若者は隠居生活をするわけではなく,いろいろ新しい冒険をしてみたいので・・・。

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