第15章 権力と道徳律 n.12

 道徳律(道徳規範)は権力の表現(注:権力の意向や意志が反映されたもの)であるというテーゼ(thesis 論題,命題)は,すでに見てきたように,全面的に正しいというわけではない。未開人の族外結婚(他の部族の者との結婚)の規則に始まって,文明の全段階において,権力とまったく関係のない倫理原則が存在している。我々現代人の間における同性愛(行為)に対する非難攻撃はこの一例となるかも知れない(みすず書房刊の東宮訳では、homosexuality を「近親結婚」と誤訳されている。)。道徳律(道徳規範)は「経済的」権力の表現である(注:経済的権力の意向や意志が反映されたもの)とするマルクス主義のテーゼは,道徳律(道徳規範)は権力一般の表現である(権力者一般の意向や意志が繁栄されたものである)というテーゼよりさえも、もっと不十分なもの(テーゼ)である。にもかかわらず,マルクス主義のテーゼは,非常に多くの例において真実である。たとえば,次のような例である。中世においては,世俗の信者たち(laity)の中で最も権力を持っている者が土地所有者であった時,司教職及び修道会(bishoprics and moranstic orders)が土地(保有)から収入を引き出していた時,また,お金を投資する者は唯一ユダヤ人であった時,教会(キリスト教会)は「高利貸し(”usury)”」を,即ち,利息をつけて金を貸すことを,躊躇することなく,非難した。これは,債務者の道徳(債務者寄りの道徳)であった。裕福な商人(階級)の勃興とともに,このような古い禁令を維持することは困難になった。その禁制は,最初,カルヴィンによって緩められたが,彼の顧客(彼に弁護を依頼した人々)は主として都市の住民や富裕者であった。そうして,次にこの禁制を緩めたのは他の新教徒であり最後に緩めたのはカトリック教会であった。(原注:この問題についてはトーネイ『資本主義の勃興と宗教』(Religion and the Rise of Capitalism を参照) (債務者の道徳が)債権者の道徳が流行となり,借金を返さないことは憎むべき大罪(極悪なこと)となった(のである)。(たとえば)(キリスト教の一派の)フレンド教会(友愛会)など,理論上はそうでなくても,実際上は,つい最近まで破産者を締め出していた(注:信者であっても破産した者は教会から追放していたということか?)。

Chapter 15: Power and Moral Codes, n.12
The thesis that the moral code is an expression of power is, as we have seen, not wholly true. From the exogamous rules of savages onward, there are, at all stages of civilization, ethical principles which have no visible relation to power–among ourselves, the condemnation of homosexuality may serve as an example. The Marxist thesis, that the moral code is an expression of economic power, is even less adequate than the thesis that it is an expression of power in general. Nevertheless, the Marxist thesis is true in a very great many instances. For example : in the Middle Ages, when the most powerful of the laity were landowners, when bishoprics and monastic orders derived their income from land, and when the only investors of money were Jews, the Church unhesitatingly condemned “usury,” i.e. all lending of money at interest. This was a debtor’s morality. With the rise of the rich merchant class, it became impossible to maintain the old prohibition : it was relaxed first by Calvin, whose clientele was mainly urban and prosperous, then by the other Protestants, and last of all by the Catholic Church. (note: On this subject, cf. Tawney, Religion and the Rise of Capitalism.) Creditor’s morality became the fashion, and non-payment of debts a heinous sin. The Society of Friends, practically if not theoretically, excluded bankrupts until very recently.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER15_120.HTM

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