ラッセル『権力-その歴史と心理』第4章 聖職者の権力 n.28


 しかし,理想的な目的を持っている,従って権力愛に対する言い訳を持っている組織にとって,崇高な徳(superior virtue)を持っているという評判は(かえって)危険であり,その評判は,長い目で見れば,不道徳な残酷さ(unscrupulous ruthlessness. )においてのみ卓越さを生み出すことは確実である。カトリック教会この世の物事(俗事)に対する軽蔑を説き,そうすることによって君主(たち)に対する支配権を獲得した。托鉢修道士たちは清貧の誓いを立てたが,それは世の人々に大変感銘を与え,それによって既に莫大となっていた教会の富をさらに増加させた。聖フランシスは友愛を説くことによって,長くかつ残酷な戦争の勝利に導く遂行に必要な熱意を生み出した。(注:たとえば,「日本人の生命を絶対に守る」と訴えて敵である外国の兵隊を大量に殺害することによって戦勝するようなこと。)最終的には,ルネッサンス時代のカトリック教会は,その富と権力の基礎である道徳的目的を全て失い,宗教改革の衝撃は再生(注:原始キリスト教精神に帰るルネサンス的運動)を生み出すのに必要であった。
 これら全ては,組織のために圧政的な権力を得る手段として崇高な徳が利用される時には不可避なものである。
 外国に征服された場合は別として,伝統的な権力の崩壊は,常に,マキアヴェリが信じていたように,崇高な徳が人間の心を支配する力が非常に堅固であれば,最大限の犯罪的行為によってさえ揺り動かされることはないと信じている人々によって、崇高な徳が濫用された結果である(結果として起こるものである)。

Chapter 4: Priestly Power, n.28

But to an organization which has ideal ends, and therefore an excuse for love of power, a reputation for superior virtue is dangerous, and is sure, in the long run, to produce a superiority only in unscrupulous ruthlessness. The Church preached contempt for the things of this world, and in doing so acquired dominion over monarchs. The Friars took a vow of poverty, which so impressed the world that it increased the already enormous wealth of the Church. St. Francis, by preaching brotherly love, generated the enthusiasm required for the victorious prosecution of a long and atrocious war. In the end, the Renaissance Church lost all the moral purpose to which it owed its wealth and power, and the shock of the Reformation was necessary to produce regeneration.

All this is inevitable whenever superior virtue is used as a means of winning tyrannical power for an organization.

Except when due to foreign conquest, the collapse of traditional power is always the result of its abuse by men who believe, as Machiavelli believed, that its hold on men’s minds is too firm to be shaken even by the grossest crimes.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER04_280.HTM

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