「私が首謀者(犯人)です!」とタイムズ紙に投稿(第一次大戦時)


DOKUSH97 この頃には,私と英国政府との関係は,非常に悪化していた。1916年に,私は,良心条項(注:良心的兵役拒否を認める条項)があるにも拘わらず,禁固刑の判決を受けたある良心的兵役拒否者に関するリーフレット(ラッセル注:その全文は『ラッセル自伝』pp.76-78に載っている) -このリーフレット徴兵反対協会によって出版された。- を 執筆した。そのリーフレットは私の名前を載せないで発行された。そうしてそのリーフレットを配布した人たちが投獄されたことを知り,非常に驚いた。それゆえ私は,『タイムズ』紙に,そのリーフレットの著者は自分であると書いて送った。私は,ロンドン市長(注:大ロンドンの首長ではなく,City of London の市長)公邸で,市長の前で起訴され,私は自分の弁護のため,長い演説を行なった。この時私は,百ポンドの罰金刑が科された
私はその金額を支払らわなかった。そのために,その罰金額を満たす額になるまで,ケンブリッジ大学(の自分の居室)にある私の持ち物が売られた。けれども,親切な友人たちがそれを買い戻し,私に返してくれたので,私の抵抗もやや無駄になってしまったと感じた。とかくするうちにトリニティ・コレッジでは,若いフェロー(特別研究員)たちは全員,将校任命の辞令をもらい,また年配のフェローたちも,当然のこととして,その責務を果たすことを望んだ。彼ら(年配のフェローたち)は,私から講師の職を奪いとった。
第一次世界大戦が終わり,若い人たち(=若いフェローたち)がトリニティ・コレッジに戻ってくると,コレッジに復帰するよう要請されたが,この頃には,もう私には戻りたいという願望はまったくなくなっていた。

By this time my relations with the Government had became very bad. In 1916, I wrote a leaflet which was published by The No Conscription Fellowship about a conscientious objector who had been sentenced to imprisonment in defiance of the conscience clause. The leaflet appeared without my name on it, and I found rather to my surprise, that those who distributed it were sent to prison. I therefore wrote to The Times to state that I was the author of it. I was prosecuted in the Mansion House before the Lord Mayor, and made a long speech in my own defence. On this occasion I was fined £100. I did not pay the sum, so that my goods at Cambridge were sold to a sufficient amount to realise the fine. Kind friends, however, bought them in and gave them back to me, so that I felt my protest had been somewhat futile. At Trinity, meanwhile, all the younger Fellows had obtained commissions, and the older men naturally wished to do their bit. They therefore deprived me of my lectureship. When the younger men came back at the end of the War I was invited to return, but by this time had no longer any wish to do so.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2 chap. 1:The First War, 1968]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB21-250.HTM

(訳注: このリーフレットは ‘Rex v. Bertrand Russell: Report of the Proceedings Before the Lord Mayor at the Mansion House Justice Room, 5 June 1916’)。
http://catalog.hathitrust.org/Record/002433198

[寸言}
唯一のホームグラウンド(心のよりどころ)だと思っていたケンブリッジ大学(トリニティ・コレッジ)さえも、知的良心には限界があることがわかり、愕然とする。
反戦を唱えていた仲間さえも,いったん戦争が始まれば、母国が戦争に負けたら(敗けたら)大変だと、戦争に協力(あるいは少なくとも黙認)するようになる。
どこの国も自国が戦うのはあくまでも防衛のためと言いながら(戦場になりそうにない大国にあっては自由を守るため/大事な基本的価値を守るため、という名目で)他国に攻め入っていく。
つまり、いったん戦争が始まってしまえば、どの国民も「集団的狂気」の陥りやすいということ。

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