ラッセル『結婚論』第六章 ロマンティックな恋愛 n.6

第六章 ロマンティックな恋愛 n.6:騎士道のロマンス

 この時代は,はなはだ粗野な時代であったが,『薔薇物語によって擁護された種類の恋愛は,司祭の言う意味では道徳的ではないけれども,洗練され,雄々しく,優しいものである。もちろん,そうした観念は,貴族階級のみのための(にとってふさわしい)ものであった。それは,余暇(があること)ばかりではなく,教会の圧政からある程度解放されていることを前提条件(事前に前提とされるもの)としていた恋愛の動機が顕著である(トーナメント形式)馬上槍試合大会は,教会によって嫌悪されていたけれども,教会には馬上槍試合大会を禁止する(押さえつける)力はなかった。同様に,教会は,騎士的恋愛の制度を禁止すること(押さえつけること)はできなかった。現在の民主主義の時代においては,我々は,様々な(多くの)時代において世界が貴族階級にどれほど恩義を負っているか,ともすれば忘れがちである。この,恋愛の復活という事柄において,騎士道のロマンスによって前もって道が切り開かれていなかったなら,ルネッサンスもあれほどの成功を収めることはできなかった(にちがいない)
(注:if が省略され,倒置されていることに注意。「had the way not been prepared by chivalry」→「if the way had not been prepared by chivalry」)。

The age was one of extraordinary coarseness, but the kind of love advocated by the Romaunt of the Rose, while not virtuous in the priestly sense, is refined, gallant, and gentle. Such ideas were, of course, only for the aristocracy; they presupposed not only leisure, but a certain emancipation from ecclesiastical tyranny. Tournaments, in which motives of love were prominent, were abhorred by the Church, which however was powerless to suppress them; in like manner it could not suppress the system of knightly love. In our democratic age we are apt to forget what the world has owed at various times to aristocracies. Certainly in this matter of the revival of love the Renaissance could not have been so successful had the way not been prepared by chivalry.
出典: Marriage and Morals, 1929.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM06-070.HTM

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