よい材料の収集だけでなく、「孵化期間」が必要


 説明的散文が興味を引くもの(文章)になるためには,必要な知識が得られた後に,孵化のための期間が必要です。即ち,(その期間に)生(なま)の事実が類比や哀愁や皮肉等々の適切な連合が与えられるようになる(become clothed with),また,演劇での場合のようにそれらの生の諸事実が,ひとつのパターン(思考様式)の統一体にまで作りあげられるようになる,膵化の期間が必要です。このようなことは,著者がかなりの余暇(自由時間)を持ち,疲労がそれほど累積していないのでないと,ほとんど起りそうにありません。良心的な人は働き過ぎであり,また働き過ぎによって仕事を台無しにしがちです。バジョットは,知人でロンドンのシティ(金融街)で働いていた人たちが,一日に8時間働いたために破産したが4時間で止めておいたら金持のままであったであろう,とどこかで語っています。多くの学者はこの話の類推によって利益が得られるだろう,と私は思います。

If expository prose is to be interesting, there has to be a period of incubation, after the necessary knowledge has been acquired, when the bare facts will become clothed with such associations as are appropriate, of analogy or pathos or irony or what not, and when they will compose themselves into the unity of a pattern as in a play. This sort of thing is hardly likely to happen adequately unless the author has a fair amount of leisure and not an unfair amount of fatigue. Conscientious people are apt to work too hard and to spoil their work by doing so. Bagehot speaks somewhere of men he knew in the City who went bankrupt because they worked eight hours a day, but would have been rich if they had confined themselves to four hours. I think many learned men could profit by this analogy.
出典:History as an art (1954)
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1057_HasA-120.HTM

<寸言>
よい材料を集めればよいもの(製品や作品)ができるわけではない。そこには新しい発想がなければならず、斬新な発想のためには十分な余暇時間が必要である。その意味で、よいものを創造するためには。一生懸命努力しればよいという根性論や精神論は不適切である。

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